電子書籍@nifty

@nifty『シュガーな俺』


第9章:教育入院開始(2)(10/2)


 そんな中で、朗報がひとつ舞い込んで来た。先日の「蓄尿」の検査結果が出て、僕の糖尿病の「型」が判明したのだ。

 「2型です。よかったですね、ちゃんと療法を続ければよくなりますよ」

 立花医師がにっこりほほえみながらそう言った。

 生涯インスリン注射が必要になる「1型」ではなく、膵臓が「弱っている」だけの「2型」。弱っているだけで、僕の膵臓はまだ自力でインスリンを分泌することができているのだ。不幸中の幸いと言っていいだろう。

 「ついては、ちょっと試験的に、インスリンの投与を中断して、飲み薬に切り換えてみましょうか。最近は血糖も安定してますしね」

 糖尿病患者に投与される薬品は、インスリンだけではない。「経口血糖降下薬」と総称される一連の飲み薬がある。膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促すタイプのものや、腸からのブドウ糖の吸収を抑えて結果として血糖の上昇を防ぐタイプのものなどいろいろあるが、僕には「速効型インスリン分泌促進薬」と呼ばれるものが処方された。食事を始める直前に飲めばいいというもので、「○○分前に」といった縛りがない分、管理も楽だ。

 それはまた、低血糖状態の恐怖からも遠ざかっていられることを意味している。

 この数日前に、僕は初めて「低血糖」というやつを経験したばかりだった。前にも言ったとおり、低血糖というのは、薬物療法を受けている糖尿病患者が、血糖値を必要以上に下げすぎたことから見舞われる、貧血に似た状態のことだ。

 それは、昼食直後に突然僕を襲ってきた。トレーを配膳車に下げ、歯磨きを終えて歯ブラシを洗っているときのことだ。最初に感じたのは、手の感触がおかしい、ということだった。あの感覚を言葉で表現するのは困難だが、まるで手の中身が一瞬で空洞と化してしまったかのような、不気味にうつろな感触だった。
 
 ハンカチで手を拭ってから、握ったり開いたりして感触を確かめているうちに、目の焦点が合わなくなった。正確には、焦点が合うはずのあたりに、ぼんやりと黒いかすみのようなものが見える。それと同時に、頭の毛穴や首筋から一斉に冷や汗が噴き出し、心臓が早鐘のようにけたたましく鼓動を刻みはじめた。よく見ると、手の先もガクガクと勝手に震えている。

 このままだと死ぬ、という本能的な恐怖が体を貫いた。

 何が起こっているのかまったくわからないままひとまず病室に戻り、ベッドに腰かけてじっとしていたら、数分後にはその状態から抜け出すことができた。もう会社に戻らなければならない時間だったのでそのときは深く追究しなかったが、後で立花医師に報告したら「それはまちがいなく低血糖ですよ」とのことだった。

 後から思えば、その日はたまたま配膳が手間取っていて、昼食にありつけた時間がいつもより十五分ほど遅かったのだ。しかも間の悪いことに、インスリン注射の方は、少し早めの時間に済ませてしまっていた。結果として、注射をしてから食事を始めるまでの時間が、本来「三十分」が理想のところ一時間近くにまで開いてしまい、食べたものが消化されてブドウ糖に変わるより先に、インスリンの方が効きはじめてしまったというわけだ。

<前ページ次ページ>


1.目次へ
0.トップページへ

(C)NIFTY