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@nifty『シュガーな俺』


第12章:軋轢(1)(10/20)


 退院後、酒を飲む機会は、週一回のペースにほぼ落ち着いた。それまでは週二回、三回と予定を入れることでさばいていた飲み友達との約束を、かなり厳密に週一回の枠に収めるようにしたわけだから、一人と飲む間隔は間遠になる。それでも、入院前のつきあいの大部分を存続することはできた。

 一番打者は、例によって東野亜梨沙だった。退院した翌週の金曜日に、さっそく約束を入れた。アルコールが入ればどうせ総カロリー量は大幅に超過してしまうのだが、一応それなりに気を遣って、野菜を含むつまみを多めに取ろうとしたり、揚げ物は控えめにしたりと、最初は慎重だった。ただ、野菜を摂るのが難しいのは居酒屋も同じだ。

 「野菜ですか? では、この魚貝のマリネ風サラダとか?」

 亜梨沙がメニューを指差す。

 「いや……たぶんこれ、魚貝部分の方が多いと思う。魚貝はタンパク質だからね。それに“マリネ風”じゃ油漬けだ」

 「あ、ではこれいかがです? サトイモの煮っころがし」

 「あー……イモ類は野菜じゃなくて炭水化物扱いなんだよね……」

 「だったら、豆腐とかじゃアウトなんでございましょうか?」

 「ごめん、豆腐は……タンパク質扱いなんだよ……。あ、これにしよう、野菜スティック。これなら間違いなく純度百%の野菜だ。料理としてはつまんないけど」

 これと似たようなやりとりを、この後僕はいろんな人との間で飽きるほど繰り返すことになる。そのうち僕はめんどうくさくなって、そもそも野菜を摂ろうとすること自体を放棄するようになった。もちろん、外で飲むときは、ということだ。そういうときは割り切って、「今日はOK」ということにしてしまうのだ。居酒屋で食事療法を貫徹しようなど土台無理な話だし、いろいろと制限を加えるのは、一緒に飲む相手にも悪い。

 酒だって、居酒屋のような場所にあって、言葉どおり「たしなむ程度」にするのは難しい。もともとその程度しか飲まない人間だったのならともかく、僕はほうっておけば店じまいまで無制限に飲みつづけかねないクチだったのだ。
 
 そして、酒に酔うことの一番恐ろしい点は、酔いが進むほどに判断基準そのものが更新されてゆく、ということなのだ。「今日は軽く一、二杯で!」と言っていたのが、いつのまにか終電コースになってしまったといった経験は、多くの人が共有していることだろう。「糖尿病患者なんだから、せいぜい三杯までにしておこう」というのは、シラフの状態で立てた誓いだ。実際に三杯目を飲み終える頃にはだいぶ酔いが回っていて、「もう一杯飲んだところでたいして違いはないだろう」「いや、もう一杯ぐらいいいんじゃないか」「最後にもう一杯だけ」というように、基準が着々と推移していく。

 最初の一杯は、以前の三倍くらいの時間をかけて大事に飲んだ。しかし、二杯目以降は、あきらかにペースが上がっていた。

 「私は勝手に飲みますから、片瀬さんは、どうぞご自分のペースでごゆるりとお飲みくだされたく。私に合わせようとなさらずともオッケーでございすからね」

 亜梨沙がわざわざそう言って釘をさしてくれているにもかかわらず、最後の方はすでに入院前となんら変わらないペースになってしまっていた。野菜をできるだけたくさん摂ろうと努力したことなど、この瞬間にすべてパアだ。

 「なんだかんだと、けっこうお飲みあそばせられましたよね、今日も。ほんとに大丈夫であらせられる?」

 「大丈夫大丈夫!」

 「それ、根拠があっての仰せで? 酔っ払いって基本的にみなさんそうおっしゃいますが?」

 もちろん、「根拠」などない。酔っぱらうとそんなことはどうでもよくなってしまうのだ。ただ、毎週似たようなことを繰り返しているうちに、それはいつしか、実際ある「根拠」に支えられた行動となっていった。つまり、それでも数値は改善されていたのだ。

 退院してすぐの採血で九・五に急落したヘモグロビンA1cは、十月の検査では七・七に、十一月の検査では六・五にまで落ちた。グラフにすると、入院時点の十三・八からほぼ直線で急降下、という形になっている。健常者とほぼ同等と見なされる、糖尿病治療上の目標値「五・八以下」まで、あと一歩だ。コレステロールや中性脂肪も順調に落ち、逆に体重は四キロほど回復した。

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