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■第18章:タフな患者(11/27)
こうして僕は、日本の全人口の0・0二パーセントを占めるのみという1型糖尿病患者になった。
奈津が言ったとおり、その後当初の落胆がぶりかえすこともなく、日々は淡々と過ぎていった。僕はいつでもどこでも、注射器や血糖測定器の入った黒いポーチを持ち歩き、必要に応じてインスリンを打った。
食事療法も基本的にはそれまでどおりに続けたが、以前ほど厳密にはやらなくなった。インスリンを打っていれば、多少カロリーがオーバーしていても結果にあまり差が出ないから、ということもあったが、後から思えば、2型時代だってもともとこの程度のゆるさで十分だったのかもしれないのだ。
一度でも食事療法の意味と要領を頭に叩き込んでおけば、食事の際にはおのずとそれを意識するようになる。自分で作るときはもちろんのこと、外食の場合でも、脂ぎったトンコツスープのチャーシュー麺とチャーハンのセットをためらいもなく頼んで全部たいらげるような無茶な真似は、自然としなくなるのだ。
一から十までセオリーどおりにカロリーコントロールができるならそれに越したことはないが、勤め人をしながら完璧な療法を貫徹しようするのは非常に困難だ。そしてそれがいかに自分をすり減らす所業かということは、退院からの何ヶ月かでいやと言うほど思い知らされている。いつも疲れていていつもイライラしていたあの日々には、二度と戻りたくなかった。
酒を飲む機会も、以前よりは気楽に設けるようになった。インスリンを打っている状態で酒を飲むと、時としてインスリンが効き過ぎてしまい、低血糖症状を起こす場合がある。それもあって、飲酒を手放しで認める医師はまずいないだろう。でも僕は、インスリンと一緒にブドウ糖錠剤も常に持ち歩いている。そして、飲酒の有無に関わらず低血糖はもう何度も経験しているので、いざとなれば即応できる自信がある。よっぽどのことがなければ、昏倒して死に瀕するようなことはなさそうだった。
ただ、1型になってしまったことの意味を、周囲の人にわかるように説明するのは難しかった。正確な知識がない人はどうしても、単純に「症状が悪化した」のだと捉えがちだ。「ほら言わんこっちゃない」と言わんばかりの顔をする人もいる。それはたいてい、退院後も僕が酒を飲んでいる姿を間近に見ていた人たちだ。
「だって、なんだかんだとけっこうかなりたくさんお飲みあそばされだったじゃないですか、片瀬さん」
亜梨沙も、「遷移」の事実を初めて聞いたときには、そう言って顔をしかめた。
「けっこうかなりたくさん」飲んでいたのは事実だとしても、それが原因で1型になってしまったというわけではない。それに亜梨沙のような人が特にそういう印象を受けていたのは、僕が「飲んでいる」姿しか見ていないからだ。飲み友達である亜梨沙と顔を合わせるのは、ほぼそういうシチュエーションに限られている。それ以外のときに僕がどれだけ血のにじむような思いで理想的な食事療法を続けていたのか、彼女は知らないのだ。
そのあたりを懇々と説明すればその相手にはわかってもらえるが、全員にいちいちそれをするわけにもいかない。上司などにも今ひとつ伝わっていない感触があったが、それはもう、そこそこであきらめるよりほかになかった。
無理もない。「糖尿病」と言えば普通は「2型」のことであり、「1型糖尿病」というのは非常にマイナーな病気なのだ。1型の患者にとってはライフラインと言っていいインスリン注射器がどんな形をしているのかさえ、ほとんどの人は知らない。
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