
病院を出た僕は、しばらくの間、茫然自失の体であてもなく周辺をさまよい歩いた。オフィスはなにしろ病院の隣りのビルなので目と鼻の先だし、まだ終業時間までは間があるが、早退届を出してあるのでもう戻る必要はない。そうしておいてよかったと思った。とても仕事を続行できる精神状態ではなかった。
会社の周辺というのは、要するにいわゆる歌舞伎町の歓楽街だ。ネオンが灯らない間は人通りも少なく、どこか場末の雰囲気が漂っている。それが、打ちひしがれた思いに拍車をかける。そろそろ夕方だというのに、まだ日射しが強い。ただ歩いているだけで、こめかみや首筋に汗がにじみ出てくる。そう言えば、昼食がまだだった。検査のために抜いてくるように言われていたのだ。とにかく、どこかに入って腹ごしらえをしようと思った。
カロリーが高いものは避けるべきなのだろうか。でも、何がよくて何が悪いかなんてわからない。ただ、肉よりは魚の方がいいと聞いたことがあるような気がする。結局、よく昼休みに行く古くさい喫茶店に入って、サバ塩焼き定食を頼んだ。
腹はひどくすいているのに、ものを食べることに抵抗がある。これを食うと、血糖値がどれだけ高まるのだろうか。毒でも口にするような気分だ。それでも一口含むと体は素直に反応して、唾液が溢れ出てくる。途中からは、貪るように食った。「腹八分目を心がけて」と言われたことを思い出して、サバの身とご飯を申し訳程度に残したが、それに意味があるようには思えなかった。
食事が済むと、ほとんど無意識にタバコに火をつけていた。「今日限り」やめろと立花医師は言っていたが、吸わずにはいられない。紫煙が薄暗い店内にたなびいていくのを眺めながら、ほかならぬ自分が糖尿病になったのだという事実が、じわじわと脳に浸透していくのを感じた。
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