平山瑞穂
シュガーな俺



第3章:決意(2)

 ここで好き放題に飲み食いを続けていれば、常時、膵臓の処理能力を超えたブドウ糖が体内に取り込まれている状態になり、血糖値はどんどん上がっていく。血糖値の急激な上昇によって、糖尿病性昏睡(ケトアシドーシス)と言われる、放置すれば死に至る重篤な状態(僕が亜梨沙と飲んだくれてテーブルに突っ伏して眠ってしまうのとはわけが違う)に陥ることもあるが、それより恐ろしいのは合併症だ。

 これは主として、血糖値が高いためにいわゆる「ドロドロ血」の状態になっていることから派生するものと見ていい。網膜の毛細血管が切れたり眼底出血を起こしたりして、最悪の場合は失明に至ることもあるし、神経障害で体の末端の感覚がなくなったり、足が壊疽を起こしたりすることもある。動脈硬化が起こりやすくなっているので、心臓病や脳梗塞の危険もうんと高まる。また、尿中に大量のタンパク質が漏れ出て腎臓に障害を来す場合もある。

 そうならないために、食事療法や運動療法が必要なのだ、とその解説は説いている。食事療法の基本は、「体を維持するのに必要な量だけ、バランスよく、規則正しく食べる」ということ。その上で、効率的にエネルギーを消費する体質を作るための運動療法をセットで行なえば、必ず血糖値は下がってくるし、合併症の心配もなくなるはずだ、と。

 たしかに合併症は恐ろしい。でも、と僕は考えた。でも、血糖値が高まるのは膵臓が「弱っている」からであって、その「弱っている」膵臓を元に戻しさえすれば、そんな危険からも解放されるのではないか。食事療法とか運動療法とやらを一定期間がまんして続ければ、糖尿病だって「治る」のではないか。
 
 しかし次の一文に行き当たったとき、僕の一縷の望みは無惨にも打ち砕かれた。

「糖尿病は、基本的に一生治らない病気です。」

 それは「体質」みたいなもので、一度発症してしまうともう逆戻りはできない。「根本的に治す」ことなどできはしないのだ。ただし、「食事療法・運動療法などを根気よく続け、血糖をコントロールして良好な状態を保つことによって、健康な人たちとほぼ同じ生活をしていくことは可能」とある。

 健康な人たちとほぼ同じ生活? 今後死ぬまで、食事の量を制限され、毎日三十分歩いたりしなければならないその生活が? こんな文言はまやかしだ。結局、一生ハンディキャップを背負っていかなければならないってことじゃないか。

 暗澹たる気持ちが背中に重たくのしかかり、一瞬、本を文字通り投げ出したくなった。ばかばかしい。どうせ完治できもしないもののために、どうしてそんなにあくせく「療法」を続けなければならないのか。精いっぱい努力しつづけて、やっと半人前なのだ。そんな自転車操業みたいな人生、虚しすぎないか?

 僕は一度本を閉じ、冷凍庫にあるアイスキャンディーを気分転換に食べようとして、思いとどまった。
 
 こんな入口のところでくじけていてどうする。それじゃ負けなのだ。完治できないからと言っていっさいの療法を拒んでいたら、その先には合併症と死が待っているだけだ。僕は包装をむいてしまったアイスキャンディーをディスポーザーに入れて粉砕しながら、自分に言い聞かせてみた(ちょっと村上春樹風に)。

 オーケー、根治できないことはわかった。だったらセカンド・ベストを目指せばいい。

 ひとつ深呼吸してから、食事療法の概念を説明する部分に進む。なんといっても、糖尿病の治療で最も大事なのは食事療法らしいし、この本はまさにそれを実践するために編まれた本なのだから。

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