
僕は食事療法独学のために買ったいくつかの本を出してきて、奈津に見せた。その中には、日本糖尿病学会が編纂している『食品交換表』もあった。食事療法の実践には欠かせないと言われるアンチョコ本だ。どの食材がどれだけの量で「一単位」つまり八十キロカロリーになるか、その目安を一覧にしてくれている。たとえば、リンゴなら約二分の一個、タラなら切り身ひと切れ、バターなら計量スプーンで小さじ一杯、といった具合に。
「これを食材の種類ごとにそれぞれ“適正な量”取り揃えて食事を組み立てなきゃならないんだ。はっきり言って、すごく大変だよ」
「そうかぁ、イモ類が野菜じゃなくて炭水化物扱いっていうのが痛いね」
料理はもともと嫌いではなく、時間さえあればこまめに自炊するタイプである奈津は、『食品交換表』をちょっと見ただけですでにポイントを把握しはじめている。たしかに、イモやカボチャなどの穀類は、一見「野菜」のようだが、食事療法上は白米やパンと同じ、いわば主食の仲間に分類されている。ジャガイモ一個と白米軽く半杯が「等価」なのだ。ジャガイモの煮つけをおかずにしてご飯が食べたければ、ご飯の量をその分だけ減らさなければならないということだ。
同じ仲間に分類された食材同士は、「単位」が同じなら、「交換」することができる。豚ロース肉四十グラムと鶏ササミ肉八十グラム、スパゲッティ二十グラム(乾麺で)とフランスパン三十グラムは、ともに「交換」可能だ。ただ、豚ロース肉とスパゲッティは分類が異なるので、「交換」することができない。肉を減らしたからと言って、その分主食をたくさん食べていいわけではないのだ。食品「交換」表の名は、そういう考え方に基づいている。
そしてそれを眺めていると、意外な落とし穴が多いことに気づく。乳製品であるチーズや大豆製品である豆腐が、タンパク質を多く含むという理由から肉の仲間に入れられていたり、八百屋で売っている野菜のアボガドが、脂質を多く含むという理由から食物油と分類が同じになっていたり……。
奈津はそのひとつひとつに驚きはしても、直感的に納得できる部分も多いらしく、思ったほど物怖じした様子を見せなかった。
「奈津にも苦労かけることになっちゃうけど、極力自分でなんとかできるようにするからさ」
「まあ、とにかくやってみるしかないよ、これは」
「ごめんね、こんなことになっちゃって。すべては僕の不徳の致すところで……」
「何言ってんの。なっちゃったもんはしかたないじゃん。力合わせてがんばっていこうよ」
そんなに大げさに考えることじゃない。症状がよくなってくればまたバナナケーキを食べられる日だって来るかもしれない。そう言って奈津が前向きに明るく受け止めてくれたおかげで、気持ちはずいぶん軽くなった。
この記事のトラックバックURL:
http://trackback.nifty.com/cs/trackback/ebooks_trackback/1-008
このページの先頭にもどる