平山瑞穂
シュガーな俺



第5章:血を絞り出す(2)

 三十分ほど、病室で本を読んでいたら、正午ちょうどくらいに配膳が来た。別に体調が悪いわけではないが、ほかに場所もないので、やむなくベッドに入り、オーバーテーブルを引き出してそこにトレーを乗せてもらう。噂にはいろいろ聞く病人食、どんなものだろうか?

 「片瀬喬一様 指示カロリー1800」と書いた札が立てられている。そう、立花医師から指示されたカロリー量は、僕が自分で見当をつけて算出した「千六百キロカロリー」よりは二百も多かった。単純に三等分するなら、一食あたり六百は食べられるはずだ。

 内容はと言うと、ご飯が大きめのお茶碗に軽く一杯、デミグラスソースで煮込んだ小さめのハンバーグ、粉吹きイモ少々、ブロッコリなどの茹で野菜とミモザサラダ(添付のドレッシングは梅風味のノンオイル)、しば漬け少々に、バナナが半分。意外に量があるな、というのが率直な感想だ。勝手に想像していたいかにも味気ない食事よりはおかずの種類も豊富だし、ハンバーグなんて破格のサービスという感じだ。

 ただ、これをたいらげてしまったら、六時の夕食まではいっさい食べ物を口に入れられない。僕はいつもよりもずっと時間をかけ、ゆっくりと味わうようにして、残さずにそれを食べた。実際、「よく噛んでゆっくり食べる」ことは、食事療法上でも奨励されている。がつがつとかきこむように食べると血糖値の急激な上昇を招く上に、満腹中枢が刺激されるまでにタイムラグが発生するため、「まだ足りない」と感じてつい余分に食べ足してしまったりするからだ。
 
 ずいぶんゆっくりと食事を楽しんだつもりだったが、それでもまだ、一時にもなっていない。手持ち無沙汰でついタバコが吸いたくなるが、病棟内はもちろん禁煙だし、僕自身、「入院と同時に禁煙」と決めていたから、持ってきてさえいない。立花医師だって、許してはくれないだろう。喫煙そのものが糖尿病を悪化させるわけではないが、糖尿病になると動脈硬化などを起こしやすくなっているため、喫煙は厳禁とされているのだ。

 僕はデイルームで作ったインスタントコーヒー(当然、砂糖・ミルク抜き)をガブ飲みして、気持ちを紛らせた。

 もうひとつの問題は、ありあまる時間をどうつぶすかだ。本ばかり読んでいたら、いずれ飽きる。テレビはもともとほとんど観ない。デイルームには、(なぜか大量の大沢在昌と並んで)コミックスなども置いてあるが、ざっと見たところあまり興味が持てないラインナップだった。

 本当なら、書きかけの小説の続きを書きたいところだ。亜梨沙に渡した『イジリ写真館』の後にも、僕は長編小説を書きつづけていたのだ。明日以降はここから出勤するわけだが、何しろ会社はすぐ隣りのビルだから、通勤時間はせいぜい数分。家事だってする必要がない。むしろ、普段なかなか取れない執筆の時間をまとめて確保できる絶好のチャンスではないか。しかし病室にパソコンを持ち込むわけにもいかない。大崎さんに渡された「入院生活の手引き」にも、「病棟内での電子機器の使用は不可」と明記してある。
 
 それでも僕は未練たらしく、ポケットサイズの携帯端末を持ってきていた。電子辞書に毛が生えた程度のものだが、一応、豆粒みたいなキーボードがついていて、携帯電話に接続すればメールの送受信などもできるという代物だ。入院中はこれを使って書きためておいて、後でパソコンにデータを移せばいい。携帯電話と接続しなければ、別に病室でこれを使っても問題はないのではないか。

 そう思った僕は、大崎さんに素直に相談してみることにした。しかし彼女の答えは、つれないものだった。

 「でもそれも電子機器ですし……」

 「そうですけど、でも、病室で携帯に接続してメール打ったりはしませんから。ただ、文章を書きたいだけなんですよ。それだけでも駄目なんでしょうか?」

 「……いいとは言えません」

 なんてわからず屋なんだ!

 そう叫びたくなる気持ちを抑えて、僕はくさくさしながら病室で本を読んでいた。すると、正面のベッドに入っていた竪山氏が、黒いキャリングケースからやおらノートパソコンを取り出して、堂々とオーバーテーブルの上で起動しているではないか。なんて非常識な、と思わず目をむいていると、絶妙のタイミングで彼の担当看護師が現れた。検査のスケジュールを伝えに来たらしい。

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