
言ったように、僕は本質的に女友達の方が多いタイプだが、彼女たちはあくまで「友達」なのであって、それを逸脱した関係をそのうちのだれかと結ぶことは、基本的にはなかった。基本的には、だ。
異性に「モテている」状態と、僕が置かれた状態はあきらかに違う。女の子たちが、妻帯者である僕と抵抗もなく二人きりで飲んだりするのは、僕が彼女たちに下心を持っていないことがはっきりしているからこそなのであって、そういうのは「モテている」とは言わない。
たとえば亜梨沙と僕はしょっちゅう二人で終電ギリギリまで飲んでいるが、どんなに酔っぱらっても、その関係が妙な方向にスライドすることはまず考えられない。亜梨沙に異性としての魅力がない、ということではない。僕が彼女との関係を、そして彼女が僕との関係をどう捉えているか、ということが問題なのだ。彼女とどうにかなる余地があるとすれば、とっくにそうなっていただろう。
たぶん僕自身が、そうなりかねない要素を持った相手とはあまり親しくしないよう、無意識にコントロールしているのだ。なまじ異性の友達が多くなりがちな人間が身につけた、一種の安全弁のようなものなのだろう。
でもたまに、それがうまく機能しない場合がある。秋吉琴美は、その一例だった。
いや、琴美だってもともとは、亜梨沙と同じただの「飲み友達」だったはずなのだ。ただ琴美は、人格がやや不安定で、ときどき大きくブレる。普段維持している行動の基準を、突如かなぐり捨てたりするのだ。ちょうど、ずっと持ち運んでいたカバンを、「重い」というだけの理由で前置きもなく道端に捨ててしまうような具合に。
琴美は同じ会社の五歳下の後輩、恵比寿にある別の小さなオフィス勤務なので日常的に顔を合わせることはないが、月に一度くらいは落ち合って二人で飲む間柄だった。彼女の基準が大きくブレたのは、まだ僕が糖尿病の「ト」の字も意識に上らせることなく、野放途な飲み食い道楽を繰り広げていた去年の夏頃のことだ。
その日僕たちは、新大久保の焼肉屋でマッコリをガブ飲みしながら、どう考えても二人では食いきれない山盛りの肉を次から次へとやけくそのようにロースターの火にくべていた。日本語があまり通じない韓国人店員相手に、注文の仕方をちょっと間違えてしまったのだ。
「二人で焼肉屋に入る男女は“デキてる”とか言うけど、自分たちの場合ありえないよね」
そんな冗談を言い交わしているうちはいつもどおりだったのだが、途中から、琴美の様子が少しおかしくなった。ほぼ結婚を前提につきあっていた彼氏との関係が、ここのところうまく行っていないのだ。別れようかと思う、と言う。それもいいが、まあ彼の気持ちも汲んであげてはどうか。そんな話をしているうちに琴美は、「自分はそもそも恋愛に向いていないと思う」などと投げやりなことを口走りはじめた。
二軒目に移るべきかどうか迷っているとき、不意に琴美が言った。
「あーあ、なんか、家帰るのめんどくさくなっちゃった。片瀬さん、今日、朝までつきあってもらえません?」
「朝までって……どこで?」
「どこか、そのへんで」
彼女が指さした「そのへん」とは、新大久保を有名にしているラブホテル街にほかならなかった。
しかしあろうことか、僕はそこで彼女を諭すなり、彼女だけ泊まらせて自分は帰るなりせずに、薄暗い路地の中に一緒に消えてしまったのだ。
女から誘われて断ったら恥をかかせるから、なんて言い訳をする気は毛頭ない。僕の側もまた、「基準がズレた」だけの話なのだ。いや、もしかしたら僕は、相手がきっかけを与えてくれさえすれば、いつでもあっけなく火の中に飛び込んでしまえる男なのかもしれない。その相手に、どういう意味合いであれ、一定以上の好意を抱いてさえいれば。
本質的にだらしないのだ。おぼろげにそれを自覚しているからこそ、「きっかけ」を与えてくれてしまいかねない相手とつきあうのを日頃は避けているだけなのではないか。琴美と今まで寝なかったのも、単に彼女がそういうそぶりを見せなかったからに過ぎないのかもしれない。
ことが済み、そのまま泊まっていくという琴美を部屋に置いて一人家路を辿りながら、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。想像していた以上に男好きのする体つきをした彼女の肌を、悩ましく思い出しながら。
ただ、一度くらいなら、「過ち」だったということにしておける。奈津の前で隠しとおせる自信もあった。こんなことがあった直後に避けはじめるのも露骨だし、僕も琴美も、「なんでも気安く相談できる異性の友達」としての相手を失いたくないと思っていた。だから僕たちは、その後もなにごともなかったかのように月に一度会いつづけた。関係の質がそれまでとは変わっていない、これなら存続できる、と思っていた。でもそれは見かけ上のことで、たぶん本当は、それは決定的に変質してしまっていたのだ。新大久保のあの一夜を境に、とても深い部分で。
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