
これで今までと同じような血糖コントロールが維持できるとすれば、かなり楽になる。僕はその嬉しい知らせを携えて、土曜日の昼前、意気揚々と外出届をナースセンターに提出した。「同期」の人々が全員権利を放棄した、「教育入院」の中休みの外泊だ。
「外泊ですね、お帰りは日曜の夕方頃。了解しました」
届け出を受理してくれたのは、たまたま担当看護師の大崎さんだった。
「実は、偶然なんですけど、今日、僕の誕生日なんですよ」
「あら、そうだったの! おめでとうございます。よかったね、たまたま外泊できるときで」
「ええ、今夜は妻がささやかなお祝いの食事を作ってくれることになってるんですよ。もちろん、食事療法に則ってですけどね」
「そうですかー、存分に楽しんできてくださいね」
そう、まったくの偶然ながら、僕は入院中の身で三十四歳の誕生日を迎えることになり、そしてその日がたまたま、外泊できる土曜日だったのだ。
その晩、奈津が作ってくれた夕食は、あらゆる意味で完璧だった。
メインディッシュは、小さいながらも和牛のステーキ。つけあわせにはゆでたブロッコリやアスパラガス、ニンジンなど野菜がたっぷり。サラダとコーンスープ。きのこのガーリックソテー。フランスパン。豪華なようだが、「これでもちゃんとほぼ規定カロリー内に収まっているはず」と奈津は胸を張る。
さらに嬉しかったのが、薄切りしたオレンジを浮かべたペリエだ。祝杯としてのシャンパンがわりというわけだ。
「お誕生日、おめでとう!」
奈津がそう言ってペリエのグラスを合わせてくれる。存分に食事を楽しんだところで、彼女はいたずらっぽく笑った。
「へへ、実はデザートもあるんだよ!」
この上さらに? と目をむいていたら、それはなんと、得意のバナナケーキだった。
いや、そうではない、僕が大好きなバナナケーキに見立てた、焼きバナナだ。丸ごと一本、オーブントースターで焼いてある。皮が真っ黒になってしまって見かけはすさまじいが、ナイフで皮を開くととろとろに溶けた果肉が覗き、せつなくなるほど甘い香りを放っている。
「バナナ一本はちょっと摂り過ぎかもしれないけど、まあ、今日くらいはね」
これが、うまい。信じられないほどうまい。バナナという果物が、ただ焼いただけでこれほど「お菓子っぽい」味になることを、どうして奈津は知っていたのだろうか。
「ありがとう。ほんとに満足した。すっごくおいしかった!」
バナナの甘さにうっとりとしながら、僕は思わず、目に涙を浮かべていた。
何度お礼を言っても、言い足りない気がした。いい妻を持った、と思った。どんな豪華なレストランでごちそうしてくれたときよりも、忘れがたい誕生日になるような気がした。
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