
「完璧です、素晴らしいです! ここまで完璧にできた人は、私が見てきた人たちの中でも五本の指に入りますよ!」
栄養士先生が感極まって声を張り上げた。退院後初めての栄養指導の場でのことだ。
都立新宿病院では、外来の糖尿病患者に対して、月一回の診療と抱き合わせで栄養指導も行なっている。教育入院中に培った食事療法についての知識を、その後の生活できちんと活かせているかどうかを定期的にチェックするためだ。指導を受ける前三日間分の食事内容を詳細に記録して報告し、栄養士の目で「採点」してもらうわけだ。
それに先立つ診療でも、僕は立花医師から絶賛されていた。入院時点での検査で十三・八をマークしていたヘモグロビンA1cが、退院後の採血で九・五まで急落していたのだ。
入院時に手渡されていた「糖尿病健康手帳」には、ヘモグロビンA1cの推移を記録できるグラフのページがある。
「見てください、急降下です。これはものすごい落ち方ですよ。入院時なんてほら、高すぎて目盛りがなかったですから」
立花医師の言うとおり、グラフの目盛りは最高が十二・五になっている。僕の状態がいかに重篤だったかということだ。尿糖もケトン体も、今回は出なかった。コレステロールや中性脂肪なども、数値がめざましく改善されている。もっとも今回は、退院してわずか一週間の時点で採血・採尿した結果だから、ほぼ、入院の結果を見ているに等しい。今後の経過を追っていかなければ、生活が改善されたことを証明することはできない。
ただ、栄養指導での評価に関しては、掛け値のないものであるはずだ。僕は三日間の食事に関して、嘘偽りなくすべてを正確に報告したのだから。
退院時にあらかじめ手渡されていた食事内容の報告書は、一日分で一枚、朝・昼・晩それぞれの食事について、料理名とそれに使った食材の内訳を列挙し、食材単位での重量を書き込む形になっている。その右側は、表1〜表6および調味料の七列に細分化されているので、それぞれの食材が該当する分類のところに、重量から割り出した単位数を書き込むのだ。そのタテ計が、一日に摂った食事の、分類ごとの計になる。
一日千八百キロカロリー、二十二・五単位の食事を指示されている僕の場合、食材の分類ごとの配分は、「表1(主に炭水化物)=十二単位、表2(果物)=一単位、表3(主にタンパク質)=五単位、表4(牛乳など)=一・五単位、表5(油脂)=一・五単位、表6(野菜など)=一単位、調味料=0・五単位」とするのが理想とされている。つまり、表の一番下のタテ計の行がぴったりそれと一致すれば、あらゆる栄養素を過不足なく摂取していることになるのだ。
もちろん、完全に一致させるのは、技術的に言って不可能に近い。しかし僕が提出した表は、タテ計部分にほとんど誤差がなく、トータルでも超過・不足がプラス・マイナス一単位程度の範囲に収まっている。これは事実上、「完璧」と言っていい。
当然だ。毎日三食分厳密に計算して献立を組み立て、逐一重さを計って調理しているのだから。
「どうでしょう、本来ならこの栄養指導は、診療とセットで毎回行なうことになってるんですけど、片瀬さんほど完璧に理解されてるなら、今後はあえて来ていただく必要もないかなと思うんですが……」
「あ、そうであれば非常に助かります。この表書くの、なかなか大変ですし……」
カロリー計算はどっちみち毎回ぬかりなく行なっているわけだが、それをあらためて報告用にそのような表にまとめるのは、けっこう時間がかかる。この三日分の表を作っている間も、僕は奈津に向かってさんざんぶつくさと愚痴をこぼしていたのだ。ちゃんと理解してるんだから、わざわざこんな表を書かせるのは勘弁してほしい、と。それが最初の栄養指導で、あっけなく「免許皆伝」となったのだ。
いや、そうでなければおかしい。退院後の僕は、まさに「食事療法の鬼」と化していた。
入院するまでは食べないことの方が多かった朝食も、必ず取るようにした。食事を一度でも抜くと、一日の流れの中での血糖値の推移に凸凹が生じてしまい、それが膵臓に負担をかけるからだ。また、ほぼ外食のみだった昼食は、原則として弁当に切り換えた。もちろん、ちゃんとカロリー計算して家で作った弁当だ。夜も、何もなければまっすぐ帰宅し、自炊する。
食事係はあいかわらず奈津のままだったが、実際には必ずしもあてにできない。弁当だけは奈津ができるかぎり作ってくれたが、そのせいで朝は慌ただしいので、朝食まで任せるわけにはいかない。夜も、残業の多い奈津の帰りを待っていたら、夕食にありつけるのが下手をすれば十時近くになってしまう。
結果として、ほぼ間違いなく先に帰宅している僕が作る機会が増えていった。
「この際、担当を替えた方がいいんじゃないかと思うんだけど……」
ある日僕がそう提案すると、奈津も飛びついてきた。
「うん、私もそう思ってた。私は結局いつも忙しくて、夕食作れる時間に帰れることはほとんどないし。お弁当はなんとかなるから、今までどおり私でいいと思うけど」
そんなわけで、「食事」(弁当除く)と「洗い物」に関しては、今までと担当を入れ換えることになった。奈津はもともと洗い物が大嫌いなので憂鬱そうな顔をしていたが、背に腹は代えられない。それに僕だって、現時点で料理のレパートリーなどほとんどないのだ。それにもかかわらず、ひとつこなしたと思ったらまたすぐに次の献立を考えねばならない。いわば、ろくな訓練も受けないまま前線に放り出された兵士のようなものだ。
朝食については、それほど悩むところもない。パターンを決めてしまえばいいのだ。早起きが苦手な二人だからどうせ時間もあまり取れないし、奈津はもともと、朝は食欲がなくてあまり食べない。自分の面倒だけ見るつもりでいればいい。そして入院中、和食中心の食事にうんざりさせられていた僕は、パン食に飢えていた。
主食である表1の一食分は、食パンなら六枚切りで二枚、ロールパンなら二個が目安だ。一日に五単位必要な表3は、「朝食で一単位、昼食と夕食で二単位ずつ」とあらかじめ配分を決めておく。朝必要なのは一単位だから、卵一個をオムレツもしくは目玉焼きにしたり、あるいはハム二枚をパンに載せたり、はたまたウィンナー二個をボイルしたり。
一日のうちのどこかで一・五単位摂らなければならない表4は、牛乳もしくは砂糖抜きのプレーンヨーグルト百八十ミリリットルの形で、朝食として摂ってしまう。表2つまり果物も一日に一単位必要だが、弁当にはつけにくいので、朝と夜で半々にする。つまり朝食では〇・五単位摂ればいいのだから、バナナなら半分、リンゴなら四分の一だけ食べる。小さく刻んでヨーグルトをかけて食べるのもいい。果物の甘みで、砂糖抜きの酸っぱいヨーグルトも食べやすくなる。
問題は表6の野菜だ。一食につき、「いろいろ取り混ぜて百グラム程度」摂らねばならない。
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