
表4の牛乳類は朝食で一日分のノルマを果たしているから、夕食でそれを考慮する必要はない。表5の油脂および調味料はともにカロリーが高いが、「なるべく少なめに」という意識を常に持っていれば、そうそう許容範囲を踏み外すことはない。たとえばサバのみそ煮が主菜のときは汁物をみそ汁ではなくすまし汁にするとか、主菜が炒め物なら、副菜はなるべくおひたしや煮物など油を使わない料理にするなど、その程度で十分だ。両者ともまったく使わずに一日の食事を済ませることは不可能に近いから、かえって不足してしまうこともまずない。
表6の野菜類は、「一食につき、いろいろ取り混ぜて百グラム程度」が適量とされているが、こっちは逆に、「なるべく多めに」という意識さえ持っていればいい。規定の「百グラム」を多少超えていたって、元のカロリー含有量がわずかなので、その他の食材と違ってほとんど影響はない。「百グラム以上摂る」という意識でかまわない。そして「百グラム以上」の野菜というのは、火を通さない状態で見るとかなりのかさになるが、汁物も含め、極力どの料理にも積極的に野菜を取り入れるようにすれば、たいていはノルマを達成できる。
もちろん、最初からそうしていたわけじゃない。最初の頃はいちいち計量スプーンや秤で厳密に量を測定していたのだが、ある程度パターンが決まってくるとそれをしなくてもだいたい見当がつくようになってくるのだ。そんな中で、最も注意を要するのが実は表3のタンパク質類なのだということも、次第にわかってくる。僕の場合、夕食に割り当てている表3は二単位分なので、献立を考えるときには、表3のトータルが二単位を超えないよう、その点だけ特に注意していればいいことになる。だから、表には表3の分を計算する欄しか設けていないのだ。
ある日のメモを見てみよう。僕は翌日の夕食の献立を、このように組み立てた。まず主菜が、「エビと万能ネギのしょうが炒め」。これに使用する表3は、一人分でエビ百二十グラム。エビは八十グラムで一単位なので、これは一・五単位に当たる。つまり、表3としては残り0・五単位が必要ということだ。これには、みそ汁に使う油揚げを充てる。油揚げは一枚で一単位なので、一人分としてはその半分で0・五単位。
それ以外に、「もやしのおひたし」と「惣菜」(これは翌日スーパーで選ぶできあいのもので、金平ゴボウやひじきの煮つけになることが多い)、みそ汁には油揚げだけでなく白菜もたっぷり入れるので、野菜は十分だ。
しかしこれはあくまで、「一人分」の計算である。実際には奈津の分や、場合によっては翌日の弁当に使える分なども含めて多めに作ることになるので、最後に「使用量計」の欄を設けてある。ここで二人分なら「×2」、三人分なら「×3」と書き込み、エビ一人分百二十グラムに対して「二百四十グラム」「三百六十グラム」などと最終的に必要な量を書きとめておく。
そこが済んだら、上段の買い物メモ部に移る。この欄は「当日用」「ストック」「弁当用」「その他」に分かれている。冷蔵庫の在庫をチェックし、組み立てた献立を実現するために買い足さなければならない食材は、「当日用」欄に書き込む。たとえば冷蔵庫にエビがなければ、「エビ」と書く。実際に買い物する際には、下の献立メモ部に書いた「使用量計」を参照し、「三百六十グラム」が必要なら、それだけの量を含んだパックを選ぶようにするわけだ。
その他、朝食も含めて恒常的に使用する日持ちのいいもの(タマネギ、ニンジン、紅茶、シリアルなど)で買い置きしておく必要があるものは「ストック」の欄に書き込み、翌日以降弁当を作る便宜のために特に買っておきたいものは「弁当」欄に、その他、特に気づいたもの(洗剤など)があれば「その他」欄に、それぞれ書きとめておく。
メモはそれで完成だ。翌朝、忘れずにそれをスーツの胸ポケットに忍ばせておけば、当日の帰りに間違いなく必要なものを買って帰れる上に、同じメモを見ながら当日の食事の準備をすることができる。また、用が済んだ後も取っておけば、どんな食事を摂ってきたかという貴重な記録にもなる。これはわれながらなかなかよくできた書式で、食事療法生活の合理化には非常に役立った。
ただそのことと、買い物の仕方が上手になったかどうかは別問題だ。もちろん、冷蔵庫にたとえば白菜の在庫があるなら極力それを利用できる献立を考えるとか、昨日のしょうが焼きに使って余った豚肉を今日の肉野菜炒めに利用するとか、そういう知恵は働くようになる。それでも最初の頃の僕は、「理想的な食事療法を実践する」ということにばかりどうしても注意が集中しがちで、「なるべく安く上げる」といったことをまったく意識しなかった。
その結果、ふと集計してみたら、二人分の食費だけで月に五万円近くかかっている。外食をほとんどしていないにもかかわらずだ。それが安上がりではないことは、家計にほとんどタッチしてこなかった僕でも容易に察しがついた。
「それはちょっと……高いかもね」
奈津もそう言った。
もちろん、ダブルインカムで子供もいないわが家の家計において、月に五万円の食費が深刻というわけではない。ただ、奈津はしまり屋で、「不必要な出費はなるべく避ける」というタイプなのだ。
「あ、でも、ただでさえいろいろたいへんだろうし、喬ちゃんのやりやすいようにやっていいんだよ」
黙ってしまった僕を見て、奈津も慌ててフォローを入れてくれたが、正直なところ、僕は自分のあまりのやりくり下手さかげんに落ち込んでしまった。
その後の僕は、食費にかける予算を少しでも減らすべく、自主的に努力した。あくまで、食事療法のクオリティは維持しなければならない。その上で、何が食費を吊り上げているのか、どこに問題があるのかを逐一分析していったのだ。たとえば、朝食用のパンを毎回ターミナル駅のしゃれたベーカリーで買うのは高上がりなのではないかとか、そういったことだ。
同時に僕は、いつも寄っているスーパーに、それまでは無我夢中で目に止まってもいなかったさまざまな「特典」が用意されていることに気づいた。
まず、カードに五百貯めるごとにお買い物券五百円分と交換できるポイントが、水曜日には三倍、日曜日には五倍つけてもらえること。だったら、単価の高い「ストック」用の食材などは極力そうしたサービスデーに買うようにすればいい。また、毎週月曜には、シュウマイや水餃子などの既製品を百円で売るサービスがあること。これは弁当や朝食などに利用できる。
普段の曜日でも、国産のブロッコリはひとつ百四十八円なのに、アメリカ産なら多少歯触りが硬いものの百円で買える。不作などの理由でキャベツや大根、オクラなどの値段が急騰しているときはそれを避け、ほぼ常時安いもやしなどで代案のおかずを考える。薄切り豚肉が欲しいときは、形を揃えてきれいに並べたパックよりも、不ぞろいな肉片が乱雑に詰め込まれた「切り落とし」のパックの方が割安だ。牛乳も、注意深く見ていると安売りする銘柄が日替わりになっている。
主婦たちなら当然のこととして特に意識することもなくこなしていることかもしれないが、僕にとってはひとつひとつ、「学習」しなければならないことだった。しかし、そうしたポイントを押さえて「常に少しでも安いものを」という買い方をしていると、ひとつひとつは数十円単位の節約でも、積もり積もればけっこうな経費節減になる。
次の月の集計では、僕は食費をみごと二万円台、前月比で半額近くに収めることに成功した。もちろん、食事療法はそれまでどおり理想に近い形で存続させながらだ。僕は、主婦たちがたかが十円安いかどうかで血眼になっている理由を、初めて身をもって理解した。
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