平山瑞穂
シュガーな俺



第13章:暗転

 そんな風にときには夫婦喧嘩になることもあったが、統制された生活は、結果としてその後もほぼ同じ形で続いた。僕はカロリーを計算し、食事を作り、運動もして、本を読み、フランス語を勉強して、小説を書いた。そして週に一度だけ、自分に飲酒を許した。

 ただ、一緒に飲む人たちの一部には、糖尿病患者である僕に対して過度に気を遣う傾向があった。彼らは病気についての正確な知識を持っているわけではないし、僕が日ごろどれだけ治療に心を砕き、労力を傾けているかも知らない。だから無理もないのだということはわかっている。それでも僕は、彼らの「善意」に対して、苛立ちを隠しきれないときがあった。

 たとえば、ある食事会に急遽僕が出席することになったとする。そうすると幹事が、すでに決まっていたイタリアンの店をキャンセルして、わざわざ和食の店の予約を取り直したりするのだ。おおかた、「糖尿病には洋食より和食の方がいい」という、どこかで聞きかじった生半可(なまはんか)な知識を参照したのだろう。

 気遣いはありがたい。しかしそもそも、それが正しい処置であるとさえ、必ずしも言えない面がある。

 和食の方がいいとされるのは、一般に洋食より和食の方が油を使った料理が少なく、また野菜を使った料理のバリエーションが多いからだが、それは「食のカテゴリー」としての一般的な傾向に過ぎない。外食である以上、和食の店であってもたいていは、一般客の好みに合わせて高カロリーな料理を中心にメニューを組んでいるものだ。
 
 天ぷらも、揚げ出し豆腐も、油を使っている。煮物もイモ類が多いが、イモ類は炭水化物を多く含んでいるから、意外に高カロリーだ。刺し身だって、ネタによっては馬鹿にならない量の脂質を含んでいる。
 「肉より魚がいい」というよく言われる説も、カロリーにだけ着目すれば、実際には幻想に近い。サンマやブリなど特に脂の乗った魚肉は、同じ重さで比べた場合、牛モモ肉よりもカロリーが高いほどだ。

 いや、それは知らないのだからしかたがないと思う。でも、だったら半端な知識に基づいて変に気を回したりしないでほしいのだ。僕一人のために店を変えたりされること自体、精神的に負担になる。だいたい、大勢の健常者が参加する外での食事会や飲み会にまで、「食事療法の観点から見て理想的な」食事など期待していない。そこは割り切った上であえて参加しているのだ。嫌なら最初から出席しない。そのニュアンスを、わかってもらえないときがある。

 酒に関してもそうだ。だれかが焼酎のロックを追加で注文するとき、一緒に「じゃあ僕も」と言うと、まわりの何人かが口を揃えて「片瀬さんはもう飲まない方が」とたしなめる。それがたとえ、たかだか三杯目に過ぎなくてもだ。子供じゃないのだし、その一杯を飲むかどうかは完全な自己責任で選んでいるのだ。それだけ飲んでも数値は改善されているという自信に基づいて、あえてもう一杯飲むことを選んでいるのだ。そこに水を差すようなことを言われると、正直、かなりムッとする。

 それもあって、僕はもともとあまり得意ではなかった大勢の飲み会を、ますます避けるようになった。亜梨沙のように気心の知れた相手と、二人かせいぜい三人程度で飲むのは、気が楽だ。僕が「自己責任で」その席にいるのだということを、いちいち説明しないで済む。

 とはいえ、年末・年始には、どうしてもなにかとお誘いが多くなる。つきあいもあるので、「飲みは週一回」のルールを厳密には守れなくなる。忘年会や新年会もそうだが、正月にはやはり家でも酒を飲むし、いつもよりは高カロリーな食事になる。奈津を伴って実家に年始参りに行けば、「野菜がいいのかと思って」と言って母親がレンコンをふんだんに使った料理を出してくれる。レンコンは炭水化物扱いなんだけどな、と思っても、そんなことでケチをつけるのもなんだなと思ってそのまま食べる。
 
 だから、一月末の診療の際には、ちょっと緊張した。毎回の採血で測定する「ヘモグロビンA1c」は、過去一、二ヶ月間の血糖コントロール状態を表す指標だ。その間に自分がどれくらい指示カロリーから逸脱した食生活を送ってきたかは、はっきりと自覚があった。

 「今回はちょっと……自信がないんですよ。あんまりいい数値が出ないんじゃないかと」

 診療室で僕がそう呟くと、立花医師はからかうように首を傾げた。

 「あれぇ? 片瀬さんもですか。おかしいですねぇ、この時期はなぜかそうおっしゃる患者さんが多いんですよ」

 しかし、示された結果は、六・三。前回の十一月が六・五だから、きっちり改善されてはいる。下がり率は当初よりも落ちたものの、目標値である五・八までリーチがかかっていることに変わりはない。

 「大丈夫です、順調ですよ。この調子で続けてください」

 僕はほっとして、気を引き締めなおそうと心に誓った。そして実際に、二月からは再び、週一回の飲酒の機会を除けば、かなり厳密に指示カロリーを守る生活に戻った。

 「ここ数ヶ月見てきて思うんだけど」

 ある日、奈津が言った。

 「ヘモグロビンA1cが、前みたいに十を超えちゃうようなことは、もうありえないんじゃないかと思うの。喬ちゃん、すごく頑張ってるし。だからって気を抜いていいってことにはならないけど、もう少し気楽に構えてやってもいいんじゃない?」

 奈津の言いたいことはわかった。僕はたしかに、頑張りすぎるほど頑張っていた。その結果、心に余裕のない状態になっていたと思うし、一緒に暮らしている奈津にはそれがわかるのだ。きちんとやろうと自分を追いつめるあまりストレスが高まって、かえって病状に悪影響を及ぼすようなことにでもなったら、それこそ本末転倒だ。

 「ストレスが原因で糖尿病を発症することは、普通ありません。ただ、一度糖尿病になってしまうと、ストレスは大敵です。それが病状を驚くほど悪化させるんですよ」

 立花医師も、そう力説していた。

 入院中、まだインスリン注射を毎食前に実施していた頃、一度だけ、食前血糖値がぎょっとするほど高くなっていたことがあった。いつもはほぼ平均して百二十前後なのに、そのときは二百三十を超えていたのだ。もちろん、その前に病院で出された食事を取って以来、よけいなものはいっさい口にしていない。会社でだれか旅行に行ってきた人が配ったおみやげのお菓子を勝手に食べた、なんてこともない。

<前のページ

| | |

次のページ>


この記事のトラックバックURL:
http://trackback.nifty.com/cs/trackback/ebooks_trackback/1-026

このページの先頭にもどる