
転院に際してのんびりかまえているとまたえらい目に合うので、今度はわりとすぐに予約を取って初診を受けに赴いたのだが、そのときはもう、都立と民間はこうも違うのか、というカルチャーショックの連続だった。
いや、民間でも珍しいケースなのかもしれない。とにかく、何から何まで違うのだ。
「注射針、毎回換えてる? 毎回換えなくていいから。三回くらいは使えるから」
「穿孔器の針も毎回換えなくていいから。どうせ使うの自分だけで、感染しないから」
「インスリン、冷蔵庫に保管してる? 冷蔵庫じゃなくて大丈夫だから。直射日光が当たるようなところじゃなきゃ平気だから」
「毎回二単位、試し打ちしてる? しなくていいから。新しいやつにした最初のときだけはやった方がいいけどね。あとはしなくても大丈夫だから。もったいないから」
「血糖値も、毎回測る必要ないからね。だいたい傾向がわかればいいから」
都立新宿病院に入院している間、血糖測定とインスリン注射は、厳粛な儀式さながらことこまかに定められた手順に則り、粛々と丁重に行われていた。消毒や針の交換などについても、万が一にも感染などが起きないよう、神経質すぎるほどの慎重さが要求されていた。そういうものだと思っていたので、僕はその後、自宅や会社などでインスリンを打つときも、教えられたままの手順を忠実に守ってすべてを行なっていた。
その「常識」が、ことごとく覆されていくのだ。
「あと、消毒してる? いちいちしなくても大丈夫だから」
いや、それはどうなのか。実際に針が体内に挿入されるわけだし、特に穿孔器の場合、血が出る。
「……と言っても、日本人はたいてい消毒するけどね」
「ええ、日本人はしますね」
そばにつき従っていた女性看護師が相づちを打つ。
「日本人はね、衛生観念がね。アメリカ人なんて、こうだから。服の上から」
そう言いながら芒手先生は、注射器を太ももの上に力任せに突き刺すジェスチャーをしてみせた。
そんな、なにごとにつけ大ざっぱなアメリカ人と、繊細な日本人である僕を一緒にしないでほしい。
ただ、おそらく何十年という臨床経験を持っているベテランの専門医が言っていることなのだから、「大丈夫」だというのは事実なのだろう。都立病院がうるさいくらいに管理を厳しく言い渡すのは、きっと、「万が一」なにか問題が起きた場合に言い逃れができないからなのだ。その「万が一」の可能性が、管理の煩わしさに値すると見なすかどうか。その考え方の違いということらしい。
僕はその後少しずつ、「針を交換せずに三回くらい使う」とか、「消毒をしない」といった簡略化を実践していった。最初は抵抗があったが、もともとそういうものだと思えばすぐに慣れる。さすがにズボンの上から注射する気にはなれなかったが。
芒手先生は、僕が2型から1型になってしまったことについては「不可解」と評しながらも、「数値を見るかぎり、1型としての要件を満たしているので、認めざるをえない」と断じた。ただ僕の場合は、インスリンを分泌する膵臓の機能がわずかながら残存しているので、外から投与する量は比較的少なくて済んでいるのだという所見を述べた。たしかに、1型の場合、人によっては一日に五十単位や六十単位打たなければ生命を維持できないことがあると聞いているが、僕は三十単位くらいでおおむね適正な血糖値を保てているのだ。
「まあ、こういう、境界にあるようなタイプの症例もあるんだよね」
芒手先生は、低い不明瞭な早口でぼそぼそしゃべるので、ときどき何を言っているのかわからない。それに、愛想というものがおよそないので、慣れないとかなり怖い。しかし、少なくとも板橋病院の星野医師よりは、はるかに頼りになりそうだった。
それより何より、芒手先生はひとつ、きわめて有益な教えを僕にもたらしてくれたのだ。すなわち、「糖尿病は、けっこう大ざっぱでいい」という教えを。
僕がインスリン注射をあまり重荷に感じずに済むようになったのは、この教えに拠るところが大きい。
最初のうちは、特に外にいる場合、「どこで打つか」というのが大きな問題だった。人前ではさすがにできないから普通はトイレの個室に入るわけだが、注射に先立って血糖測定も必ず行なっていたので、最低、洋式便器と、ものを置くスペースが必要だった。デパートのトイレならたいていは安心だが、注射を打たなければならないタイミングに、必ずしもデパートが近くにあるとはかぎらない。
しかし一般の公衆便所などだと、ものを置く場所がなかったり、あっても不潔っぽいごく小さな台だけだったりする。そんなところで血を出したり針を刺したりしたら、何の菌に感染するかわかったものではない。もともと日本人の中でも「衛生観念」が厳しい方である神経質な僕には、なんとも酷な状況だ。
ところが「芒手方式」に慣れてくると、そういう問題で悩むことがほとんどなくなった。血糖測定は省略してもいいし、もはや消毒もしないので、注射器さえ使えればいい。場数を踏むうちに僕はだんだん図太くなり、駅の構内の不衛生な和式便器の脇で、立ったままかまわず下腹部に針を差し込めるまでになった。たとえ便器の内外に汚物が散乱し、得体の知れない茶色い液体で床が濡れていたとしても、注射針がじかに接触してさえいなければ問題はないはずなのだ。
そうでなければ、インスリンを打っているアメリカの糖尿病患者は、もっといろんな病気に感染しているはずではないのか。
このようにして僕が、タフな1型糖尿病患者として目覚ましい「成長」を遂げつつあった七月末、興栄社は、「新世紀フィクション大賞」の「大賞」を僕が受賞したことを告げた。
奈津が言うとおり、実は僕にも、「予感」はあった。最終選考に残ったと知らされた時点で、根拠もなく、ほとんど勝利を確信していたのだ。口に出して言ってしまうと、万が一そうでなかった場合虚しすぎると思って一歩引いていただけで。
だから僕は、今度はそれほど驚かなかった。なるべくしてなったのだと思っていた。
「予感」なんて、後から捏造されるものなのだ、と言う人もいる。「そうなったらいい」という願望が先にあって、結果としてそれが満たされなかった場合は「思ったとおりやっぱり無理だった」と思い、満たされた場合は「そうなると思っていた」と思う。ただそれだけのことなのだ、と。
でも、受賞の事実を聞かされていながら「驚かなかった」ことが、僕の「予感」が実在したことを何よりも証拠立てている気がする。
天の配剤、とでも言えばいいのだろうか。なにか大きな見えない力が僕のまわりに渦巻き、ものごとをしかるべく配置しなおそうとしている。そんな風に思えてならなかったのだ。1型への遷移も、受賞も、それぞれ運命なのだということだ。だったら僕はそれを、粛々と受けとめるだけだ。カッコつけて言うなら、そういうことになる。
もちろん、嬉しさはまた別の問題で、僕が受賞を口実にあちこちでカロリーを無視して祝宴を上げまくったことは言うまでもない。
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