
さて、前回インスリン注射の話をしましたので、今回は低血糖のことでも。
作中にも出てきますが、「低血糖」とは、薬物療法をしている糖尿病患者が、必要以上に血糖値を下げ過ぎてしまうことが原因で起こる、貧血のような症状のことを言います。特に、血糖コントロールをほぼ全面的にインスリン注射に依存している1型の場合は、これに見舞われる危険と常に隣り合わせということになりますね。
もちろん、緩徐進行1型患者である僕自身、今まで何度となく経験しました。
食事の30分前に打つのが原則と言われる「速効型」インスリンを処方されている僕の場合、(1)打ってから実際に食べはじめるまでの時間が、見込みより長くなりすぎた、(2)打ったインスリンの量に比して、食べた量が少な過ぎた、(3)ストレスなど、インスリンの効きを悪くする要因がたまたま普段より少なくて、見込みよりもインスリンが効きすぎてしまった、おおむねこの3つのうちいずれかの原因で、それが起きているようです。
(2)や(3)などは、曲がりなりにもなにかを食べているので、自覚できる症状としては、ちょっと頭がぼんやりするとか、変に動悸が激しくなる、だるくなって、なにかをしようとする意欲がそがれる、程度のものですが、(1)の場合、何も食べていない、つまり、血糖値が上がる要因が何もないところへ、血糖値を下げるためのインスリンが効いてくるわけですから、症状の現れ方は劇的です。
目がかすみ、胸はバクバク、全身に冷や汗がにじみ出て、意識が遠のいていきます。ものごとの判断力も、見る間になくなっていきます。脳に十分なエネルギーが供給されていないのですから、当然のことです。たぶん、そのままほうっておけば昏倒してしまうでしょう。そしてそういう目に遭うのは、たいてい、外食をしようとしているときです。
セオリーに忠実に則るなら、インスリンを打った後はむやみに動きまわってはいけません。しかし、実際にはそうも言っていられず、移動前に注射して、それから食事をするための店に向かうということが多いわけです。30分以内にスムーズに店に辿り着けて、注文を済ませ、料理がテーブルに並ぶのならいいのですが、往々にして、なんらかの番狂わせが生じます。
こんなことがありました。その日僕は、ある街で友人と落ち合い、それから食事をしに行くことになっていました。行く店も決まっていたので、食事が実際に始まるであろう時間はほぼ読めます。僕は時間を逆算して、ちょうどいいと思われるタイミングにあらかじめ注射を打っておきました。友人とも時間通りに落ち合えたのですが、いろいろあって、店に向かうのは少し遅めの時間になってしまいました。
その時点で僕は、「まずいかな」と思っていたのですが、まあ、あとは店に向かうだけだから、とたかをくくっていたのです。ところがその道中に、あろうことか、友人がばったり知り合いに出くわしてしまい、立ち話が始まってしまいました。それが思ったより長く続いている間に、突然、「それ」がやってきました。
慌てて、常時携行しているはずのブドウ糖錠剤を探したのですが、たまたま忘れていたらしく、どこにもありません。しかしカバンの中を見たら、万が一のために持ち歩いていた「カロリーメイト」がありました。立ち話をしている友人たちのそばの路傍で、人目も憚らず無我夢中で「カロリーメイト」を貪り食う40歳前のスーツ姿は、事情を知らない人が見たら奇異に見えたかもしれません。しかしそれがなければ、間違いなく僕はその場にひっくり返っていたことでしょう。
実はもっと怖い思いをしたこともありますが、お話していると長くなりますので、今回はこのへんで。
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