
食事療法とは、ひとことで言えば、医師が指示したカロリー量の範囲内で毎日の食事を取ることだ。
一日のカロリー量は、基本的にはその人の身長から割り出した標準体重や仕事の性質(座業か肉体労働か)などから、ある計算式によって算出される。ただ、一日のうちの任意のタイミングでその分を食べていればいいというわけではなく、それをなるべく均等になるように三回に分け、朝・昼・晩、規則正しく食べなければならない。時間帯によって血糖値に極端なばらつきが出るのも、膵臓にとって負担が大きい状態だからだ。
また、指示カロリー量の範囲内に収まっているからと言って、肉だけ食べるとかパンだけで済ませるなど、内容が偏った食事を取ることは好ましくない。できるだけまんべんなく、あらゆる栄養素を摂取しなければならない。
ただし、「食べてはいけない」ものは、基本的にはない。よく「脂はよくない」などと言われるが、それは脂のカロリーが高いため、「たくさん食べるのがよくない」ということであって、肉体を維持するためには、糖尿病患者といえどもやはり油脂も必要なのである。もちろん、糖分もだ。炭水化物、肉類、野菜類、油脂、味噌をはじめとする調味料など、食材のジャンルごとに理想的な「内訳」が決められていて、計三食分、それらのカロリー量を集計したものが、「指示カロリー量」に収まっていればいい、ということだ。
だったら、菓子やアルコールだって、そこに収まる範囲内で食事に組み込んでしまえば摂取できるのではないか。誰もが考えることだろう。しかし菓子は一般にあまりに高カロリーで、食事に取り入れるのは現実的ではないし、アルコールに至っては、エネルギーにはなっても「栄養」と見なすことはできない上に、合併症などにも悪影響を及ぼすので、原則として摂取は奨励されていない。
いずれにせよ、一見して相当難物だということがわかる。一種のパズルのようなものだ。それを毎日三回、食事のたびごとに組み立てろというのだ。ちょっと想像してみただけで、気が遠くなる。
もちろん、どんな食材が何グラムで何キロカロリーかなんて、普通の人にはわからない。それの参考に供するために、日本糖尿病学会から『食品交換表』なるものが刊行されているようなのだが、さしあたってそれは手元にない。詳しいことは追々勉強していくことにして、とりあえず、本に載っているレシピをどれか選んで、さっそく今夜の夕食としてみることにした。
この本のいいところは、料理単位ではなく「一食」単位でレシピを紹介してくれているところだ。しかもそれを、見開きで三食分、つまり一日分の「献立」としてセットにしてある。もちろん、カロリーも計算済みである。理論的には、この本で紹介されているとおりに朝・昼・晩と食事を作っていけば、理想的な形で指示カロリーが守れるという仕組みだ。
カロリー量はまだ「指示」されていないが、本に載っていた例を参考に計算してみると、僕は一日千六百キロカロリーはいけそうだった。そこで、「千六百キロカロリー(二十単位)の食事」のページを開いてみる。
ちなみに「二十単位」というのは、食事療法の世界独特の度量衡である「単位」に基づくものらしい。いちいち「キロカロリー」で計算するのは煩わしいので、「八十キロカロリー=1単位」と決めたのだ。この「八十キロカロリー」という量が、食事療法を日本人の食生活に当てはめる際にはなにかと便利なのだそうだ。たとえば、「ごはんをお茶碗に軽く半杯」も、「玉子一個」も、ともに「1単位」だから。
僕が選んだ献立は、「冷やし豚ごまたれがけ」と「揚げナス」と「ごぼうとさやえんどうのみそ汁」。これに炊いたご飯約二百グラム(茶碗に軽く二杯)で、約六.三単位(約五百キロカロリー)の食事だ。これを選んだのは、比較的簡単そうに見えたのと、材料としてたまたまナスと、きゅうりや長ネギ(豚のつけあわせに使う)が冷蔵庫にあったからだ。しかしこれが、ちっとも簡単ではなかった。
想像してもみてほしい。僕にはまず、料理の経験がほとんどないのだ。結婚するまでは親元にいたし、結婚してからはかなり早い時期に「家事担当制」を導入してしまったから、自分で食事の用意をする必然性がほとんどなかった。せいぜい、学生時代に居酒屋で短期間アルバイトしたときの経験から、包丁の使い方の基礎がわかっている程度だ。日頃料理をやっている人なら、写真の形で本に掲載されている完成イメージを見ただけで、調理法はあらかた想像がつくだろうが、僕にはそれさえ無理なのだ。
食材の買い出しからしてひと苦労だった。幸い、住んでいるマンションのすぐ隣りがスーパーマーケットで、行くのは簡単だが、普段行きつけないものだから、肉のコーナーがどのあたりであるかさえ頭に入っていない。必要な食材と使用するグラム数をレシピから書き写したメモは携行しているものの、さやえんどうを置いてある場所がわからなくて右往左往したり、帰ってきてから料理用の酒が切れていることに気づいてもう一度買いに行ったり……。
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