平山瑞穂
シュガーな俺



第3章:決意(3)

 調理も、一筋縄では行かない。食材をひとつひとつ包装から取り出し、少しずつ切り出しては重さを量って、豚もも肉九十グラム、きゅうり五十グラム、ナス六十グラム……と必要な分だけ揃えていくのも大変だが、なにしろ経験がないので、「段取り」というものがわかっていない。最初にレシピを最後まで読んで工程を頭に入れたつもりでも、ひとつ作業するともう次を忘れてしまって、もう一度レシピの該当部分を探すはめになる。

 しかもレシピというものは、当然のことながら料理単位で書かれているので、ひとつの料理が完成したと思った瞬間、別の料理がまだ手つかずであることに気づくのだ。しかもそれが、「なすはへたの部分だけ取り、何箇所かに縦に切り込みを入れて、水に漬けておく」から始まったりする。そうすると、ナスが水を吸うまで、次のことができない。

 「料理は段取りだ」

 だいぶ前に奈津がそう言っていたことをふと思い出す。そう、段取りだ。複数の料理を同時に用意する場合、それぞれの中の「仕込み」に相当する部分は、最初にまとめてやっておかなければならないのだ。豚のつけあわせに使う白髪ネギを水にさらすのと、みそ汁の具に使うゴボウをそぎ切りにして水にさらすのと、揚げナス用のナスに切り込みを入れて水に漬けるのは、料理単位で後回しにしてしまってはいけないのだ。

 しかしそういうコツというのは、ある程度、場数を踏まないと身につくものではないし、レシピもそこまでていねいに指南してはくれない。結局、この一食を作るのに、僕は一時間四十分もかけてしまった。
 
 落ち込んだ。

 一食作るのにこんなに時間と労力をかけていてどうするのだろう。これから毎日、これをやっていかなければならないというのに。

 それでも、どうにか自力で作り上げた「糖尿病食」が食卓に並ぶと、にわかに食欲がわいてきた。予定よりだいぶ遅れてしまったのだから、当たり前だ。

 悪くなかった。

 みそ汁はさやえんどうが煮え過ぎだし、豚のつけあわせの「白髪ネギ」は、作り方がわからなくて不格好な黄色い芯の部分も混ざってしまっている。揚げナスも油の温度が低すぎたのか、変にしんなりしてべとついた感じだ。しかし、自分一人の力でそれを作ったということが感動的で、食は進んだ。もっと食べたいと思った。でも、皿とお茶碗はあっという間に空になった。

 これっぽっち?

 これっぽっちしか食べられないというのか?
 
 たしかに、想像していたよりは豊かな食事だ。豚肉だって、揚げ物だってある。ただ、量が少ない。おかずはともかく、せめてもっとたっぷりとご飯を食べたいと思う。「軽く二杯」というと意外に多いようだが、ちゃんと量って茶碗に盛ると、「一杯」が普段の半杯くらいに見える。しかし白米は、「主に炭水化物を含む食品」の代表格だ。炭水化物は消化されると糖に変じるため、これを増やしてしまうと一気に摂取カロリー量が高まってしまう。

 夜半、恐れていたとおり空腹感に襲われた。「飢餓感」と言ってもよかった。もしかしたら、「今後これだけしか食べられなくなるんだ」というショックが、いっそうそれを嵩じさせたのかもしれない。『糖尿病の食事』には、「もし空腹が堪え難かったら、きゅうりの丸かじりなどでしのぐ手もあります」と書いてあった。「ただし、油脂性食物であるマヨネーズなどをつけてしまうとカロリーが高まってしまうので、つけるとしても塩を少量程度にしてください」。

 僕は一人、冷蔵庫の前に立ったまま、きゅうりに塩だけ振って貪るようにかじった。ポリポリ、ポリポリ……。そうしている自分の姿が、どこか狂人めいている。僕は心の中の一点醒めた部分でそれをおかしいと思ったが、少しも笑えなかった。

<前のページ

| | |

次のページ>


トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://trackback.nifty.com/cs/trackback/ebooks_trackback/1-007

コメント



コメントを書く

コメントフォーム
名前
メールアドレス
URL
内容

このページの先頭にもどる