平山瑞穂
シュガーな俺



第6章:充実生活(2)

 さて、こんな風に入院生活に慣れてくると、まわりの様子を観察する余裕も出てくる。

 まずは同室の人々。四人部屋だから残り三人いるわけだが、すべての病床がいつも埋まっているわけではない。と言うより、けっこう頻繁に空いたり入れ替わったりする。「入院」している人というのは、みんな僕のように何週間・何ヶ月というスパンで病棟に「住んでいる」ものだと思い込んでいたが、半数くらいは、検査目的で一泊二泊だけして次々に入れ替わってゆくゆきずりの人なのだ。

 堂々とノートパソコンを持ち込んで可愛い看護師にちょっかいを出していた竪山氏も、実は検査入院で翌々日には出て行ってしまった。最初それがわからなかった僕は、竪山氏も含め、律儀に同室のベッドをひとつひとつ回って「よろしくお願いします」と頭を下げていたのだが、逆に戸惑ったような対応をされることも多く、しまいにはまったく挨拶しなくなってしまった。相手がどんな目的で、あるいはどんな病気で何日入院することになったのかはプライバシーに関わることで、うかつに訊けないからだ。
 
 ただ、斜め前のベッドにいる鷺沢さんは、長期滞在のようだった。見たところ七十近いご老体で、何の病気か訊いたことはないが、運ばれてきた食事に立てかけてある札に「減塩」の文字があったので、腎臓関係の可能性が高い(僕が食べさせられている薄味の食事よりさらに塩味が淡いなんて、気の毒なことこの上ないが)。

 愛想のいい、好々爺然とした人で、人格的にいやなところは何もなかったが、夜ごとの不穏な唸り声は、実はこの人が犯人だったとじきにわかった。「唸るな」とも言えないのでどうしたものかと思っていたが、売店で耳栓を売っていたのでそれでお茶を濁した。さすが病院内の売店だ。

 もうひとつ、鷺沢さんにはちょっと困ったことがあった。話し声がでかいのだ。それも、場所柄を考えればちょっと非常識なのではないかと言いたくなるほど。もっとも、病室内のことだから、のべつまくなしに喋っているわけではない。この人にはほぼ毎日子連れで見舞いにくる娘と思しき人がいて、彼女が来ている間はずっと喋っている。その声がでかい。ついでに言うと、娘さんの声もでかい。読書のさまたげには十分になる声量だ。だから僕は、そんなときも耳栓を活用した。そしてひそかに彼らのことを、「声がでかい鷺沢一族」と呼んでいた。

 それ以外は出入りが激しく、特に僕の右隣のベッドは二日おきくらいに住人が入れ替わっていた。人を退屈な長話の聞き役にはしたがるくせに、こっちが雑談を持ちかけると露骨に気のない相づちを打つコミヤマ氏、「電気器具の使用は厳禁」と書いてあるベッドに設置されている「非常用電源」を使って公然とドライヤーで髪を乾かしていたマツカワ氏、等々。
 
 一泊二日で出て行ったので名前さえ覚えていないが、強烈に印象に残っている患者もいる。髪を金色に染めたいかにも今風の若者だが、行動もまったく今風で、携帯電話の電源をベッドの中でも入れっぱなしにしている。なぜそれがわかるかと言うと、消灯後の静まり返った病室で、十五分置きにバイブ機能が働いて携帯がブルブルいう震動が伝わってくるからだ。どうも、カノジョとショートメールのやりとりでもしているらしい。

 僕の病室にはたまたま、心臓疾患の患者はいないようだったが、もしペースメーカーを使っているような人がいたらどうするつもりだったのか。もっとも彼は、ここが「内科病棟」だということを認識しているかどうかも怪しかった。というのも、彼は腕に包帯、頸部も器具で固定されているという痛ましいありさまで、どうやら本来は外科の方の急患だったのに、たまたま病床が空いていなくてこっちに回されてきた様子だったからだ。

 翌日の昼、食事も終えて、そろそろ会社に戻らなければと思っていたら、病室にぞろぞろと連れ立って入ってくる一群の若者がいる。なぜか全員黒装束で、インナーの白いブラウスを第二ボタンまで開け、首筋には光り物という出で立ちだ。彼らはまっすぐに僕の右隣のベッドに向かい、横たわっている若者に安否を尋ねている。思わず、カーテン越しに聞き耳を立てた。

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