
そして同じ日の夕方、仕事を終えて戻ってきたとき、彼はなにやら腰を低くしながら僕にこう呼びかけた。
「先生、お仕事お疲れさまです!」
朝日新聞を読んでいただけで「先生」呼ばわり。まあ、憎めない人ではある。
それに、こんな海野さんにも、栄華を極めた時代はあったようなのだ。
夕食も入浴も済ますと、僕はいっとき、ほかの患者たちと混ざって、病院を取り囲む「亡者の群れ」の一員となる。正面入口を出てすぐのところにある植え込みのあたりで、執筆に使えないとわかった携帯端末を携帯電話に接続して、メールチェックしたりするわけだ。
「なに、それもパソコンなの?」
そこに前置きもなく声をかけてきたのは、海野さんだった。喫煙室がいっぱいだったのか、タバコを吸うために出てきたらしい(言うまでもないことだが、彼は本当は喫煙など絶対にしてはいけないはずである)。
「ああ、これは違いますけど、まあ似たようなもんです。こうしてケータイと接続するとメールとかインターネットとかできるんですよ」
「へえ、俺はそういうのぜんぜんわかんないからさ。しかしケータイも普及したよね。今は誰でも持ってるじゃん?」
そう言いながら彼は僕の隣りに腰を下ろし、悠然と煙を吐き出した。
「俺が携帯電話を初めて持ったのは、もう十七、八年前かな。ケータイって言ってもその頃はまだ、こんなカバンみたいな形してて、重いのなんの」
僕は驚いて彼の顔を見上げた。その頃の日本で携帯電話、いや、当時の言葉で「移動電話」を持っていた人間なんて、一部の会社経営者かヤクザの幹部くらいのものではないのか。
「そうなんですか。でも、高かったんじゃないですか?」
「高いよ、すげぇ高い。当時の値段で一台三十万くらいしたかな。でもそれがないと仕事にならねえんだ。俺、いつも車で移動してたからさ。そっからあちこちに指示出すわけよ」
「あの、ちなみにお仕事は……?」
「ああ、その頃はまあ、水商売? あの頃は羽振りがよかったんだけどさあ……」
羽振りのいい海野さん。黒服でキメたクラブのうら若きオーナー。歌舞伎町で鳴らすバブルの申し子。……だめだ、想像できない。しかし彼はきっと、まさに天国から地獄への転落を経て、数々の辛酸をなめてきたのだろう。それが彼をこんな、老いさらばえて猿山を追放された猿みたいなみすぼらしいオッサンに変えてしまったのだ。
「敗残者」という語がふと頭に浮かぶ。僕は少し怖気をふるいながら、海野さんが吐き出す煙の行方を目で追っていた。
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