平山瑞穂
シュガーな俺



第9章:教育入院開始(1)

 この吉成さんが、講義の最中、なにかと言えばすぐに話の腰を折る。

 「あら、豆腐食べちゃいけないの? 豆腐って健康食品じゃないの? こないだテレビでもミノさんが豆腐食べると長生きできるって言ってたのに」

 豆腐を「食べてはいけない」などとは誰も言っていない。ただ、豆腐は「主にタンパク質を含む食品」で意外とカロリーが高いので、食事に取り入れる際には注意しろと言っているだけだ。

 「サケが三分の二切れで一単位でしょ? 一単位だけ食べたいときに、残りの三分の一はどうすればいいの? 半端に余っちゃうじゃない? そういう半端な切れっ端ばかりで冷蔵庫がいっぱいになっちゃうじゃない?」

 そんなこと知るか。猫にでもくれてやればいいのだ。

 また、こんなこともあった。糖尿病患者に対して行なわれるさまざまな検査についての説明を、検査技師が講義として行なったときのことだ。その検査技師はたまたま自分も糖尿病に罹患していたので、余談としてあるエピソードを話した。彼は食事療法をかなり熱心に続けていたが、ある日、孫が自分の誕生日を祝って、ロウソクを立てたケーキをプレゼントしてくれた。

 「おじいちゃん、お誕生日おめでとう!」

 もちろん、食事療法の観点から見れば、糖分と油脂と炭水化物の塊でしかないケーキを食べるなどもってのほかだ。しかし彼は、そのときは迷わずにありがとうと言ってそのケーキを完食した。

 「だって、そこで食べないなんてことができますか。孫が誕生日祝ってくれてるんです。そういうときは、いいんですよ、食べちゃえばいいんです。翌日ちょっとがまんして食事の量減らせばいいんです。医者は絶対駄目だとか言うけど、あいつら自分がその立場になったことないからそういうことが言えるんですよ」
 
 このエピソードの要点は、「食事療法と言ってもそう杓子定規に考える必要はない」ということに尽きる。生活者である以上、どうしても規定の量以上食べるのを避けられない瞬間があるはずだ。しかし、時にわずかな逸脱があったとしても、全体として帳尻が合ってさえいればそれでかまわないのだし、それくらいの気構えで臨んだ方が療法も長く続けられるというものなのだ。

 「あ、でも私がこんなこと言ったなんて、栄養士の先生には言わないでくださいよ。怒られちゃうから。これはあくまで、一糖尿病患者としての、つまり皆さん方と同じ立場に立つ人間としての体験談なんですからね」

 彼は最後にそう言い添えることも忘れなかった。にもかかわらず、その次の「栄養指導」の時間に、「糖尿病患者にとってケーキは毒みたいなものだ」という話が出たとき、吉成さんはなんらためらわずにこう発言した。

 「でも昨日、検査技師の先生は、誕生日にお孫さんにケーキ出されたら食べちゃっていいって言ってたわよ」

 彼女も、何も話を混ぜっ返そうと思ってこんな発言を繰り返しているのではあるまい。たぶん、もともとあまり頭がよくないのだ。本質がわかっていないから、「一般化」ということができず、見当違いな理解の仕方をしたり、同じことを何度でも訊いたりしてしまうのだ。そして、与えられる情報に優劣をつけることができず、些末な問題にいちいちつまずいてしまう。

 そのおかげで、講義はしばしば予定より十分、十五分と長引く結果になった。

 ある日僕が、吉成さんのそうした非本質的な発言の数々にうんざりしながら「カンファレンス・ルーム」から病室に戻って来ると、「お勉強、終わった?」と海野さんが声をかけてきた。
 
 「どうせまた、あの気持ち悪いババァが話長引かせたりしてんだろ。何度も同じこと訊いたりさぁ」

 ご明察。海野さん、意外と鋭い。

 「いや、まったくそのとおりです。なんでわかるんですか?」

 「俺は人をいっぱい見てきたからさ。わかるんだよ、そういうのは」

 なるほど、水商売だったのなら人間観察はお手のものだろう。自分自身の観察ももう少し得意だったなら、彼も今の惨状には至らずに済んでいたのかもしれないが。

 このように、吉成さんが「わかってない」のは歴然としていたが、ほかの二人も、吉成さんと違って小うるさく発言しないから目立たないだけで、理解度がそう高いわけではないことは、些細なやりとりから推して知ることができた。

 いや、彼らにはそもそも、「理解しよう」としているそぶりが見られないのだ。招集をかけられて、目の前に講師の先生が立っているから、とりあえずその間はおとなしく聞いているだけで、退院したらそれを自力で実践していかなければならないのだという当事者意識みたいなものが、まるで感じられない。

 その証拠に、「教育入院」の前半が終わったとき、土日の間は一時帰宅することを勧められたにもかかわらず、希望を出したのは僕だけだった。勉強したことを実地に試してみる絶好の機会だというのに、自らそれを放棄しているのだ。

 「本当は、できるだけ外泊して試しにやってみる方がいいんですが……」

 栄養士先生も、なかばあきらめたような口調でそう言っている。

 無理もない、と思うところもある。僕は入院前に独学で食事療法の基本的な知識を頭に入れ、数日とは言え実践もしていたから、講義内容自体にはさほど難しさを感じなかったが、彼らにとっては初耳のことばかりだ。それに、歳もかなり行ってしまっている。新しいことを一から覚えるのはしんどいのだろう。

 しかし、それではいけないのだ。ここでちゃんとマスターしなければ、いつ覚えるというのか。彼らと同じ轍は踏むまい、と僕は決意を新たにするのだった。

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