平山瑞穂
シュガーな俺



第10章:退院(1)

 教育入院も後半に入り、一ヶ月に及んだ入院生活も着々と終わりへ向けてカウントダウンしていった。退院の前日、最後の「栄養指導」は、これまでに学んだ食事療法の知識についてのおさらいテストだった。出題形式はいたって単純、食材の名前が並べられていて、それぞれが食事療法の観点から見た場合、どの分類に属するのかを答えるだけだ。

 「栄養指導」の講義の間は、テキストとして、日本糖尿病学会が編纂した『食品交換表』が使われていた。食材を分類し、目安のカロリー量を示した本だ。僕も奈津も、実際にこれを参照しながら「糖尿病食」を実践してみたのだ。

 その「分類」というのをちょっと詳しく説明すると、あらゆる食品は、原則として「表1」〜「表6」のいずれかに分類される。ただし、砂糖・みそ・みりんなどの調味料や、酒・菓子などの嗜好品は、それとは別枠になっている。

 大雑把に言うなら、「表1」は白米やパンなどの穀物系の食品、「表2」は果物、この二つが、「主に炭水化物を含む食品」だ。それに続くのが「主にたんぱく質を含む食品」で、「表3」が肉・魚介類、「表4」が乳製品、さらに、「主に脂質を含む食品」として「表5」の油脂・多脂性食品があり、最後に「主にビタミン・ミネラルを含む食品」として「表6」野菜・きのこ類がある。

 テストの問題は、問いとして挙げられた食品名を、それぞれこの「表1」〜「表6」のいずれかに当てはめるという形式のものだ。

 
  問・次の食品は、表1〜表6のうちのどの分類に属しますか?
    1〜6の数字で答えてください。
    なお、調味料の場合は「調」と記入すること。

  (1)キャベツ
  (2)豚モモ肉
  (3)ヨーグルト……

 こんな感じだ。一見簡単そうだが、前にも言ったとおり、これには意外な落とし穴がある。たとえば、一般的な豆類は「穀類」に当たるから「表1」だが、大豆(および豆腐・納豆などの大豆製品)や枝豆は、たんぱく質の含有量が特に多いことから、「表3」にカテゴライズされる。また、豚もも肉は「表3」なのに、豚バラ肉やベーコンは脂身が多いことから「表5」扱いになる。

 そのあたりは当然、「引っかけ問題」として組み入れられていたが、実践も含めさんざん予習を積んできた僕は、ほとんど迷うことなくサラサラと全問の解答を書き終えていた。実際、これが頭に入っていないと、退院後の食事療法が適切に行なえるはずもないのだ。ところがほかの三人を見ると、案の定、悪戦苦闘している。いや正確には、「悪戦苦闘」しているのは吉成さんと芹沢さん、二人の女性だけだ。
 
 城所さんは楽勝だ。なぜなら彼は、第一問に取りかかる時点から公然と手元の『食品交換表』を開き、正解を確認しながら答案を作成しているからだ。

 注意しろよ、先生!

 栄養士先生は、城所さんのあまりに大胆な不正行為を知ってか知らずか、みんなが書き終えるのを黙って待っているだけだ。

 「はい、そろそろいいですか? まだ埋まってないところはそのままでけっこうですので、テキストを見てご自分で答え合わせをしてみてください」

 やがて栄養士先生は、そういう指示を出した。

 「終わりましたか? では、最後に皆さんの点数だけ教えてください。いいですか、テキストを見ないでも正しく書けたところだけ○にしてくださいね。その数を教えてください。じゃあまず片瀬さん、四十点満点中、何点でしたか?」

 「三十八点です」

 枝豆(表3)とれんこん(表1)だけ、うろ覚えで間違えてしまった。惜しい。

 「吉成さんは、何点でしたか?」

 「……二十、四点。ぜんぜん駄目だわ、あたし」

 「はい。城所さんは?」

 「三十二点!」

 嘘つけこのオヤジ! ほんとは0点だろ!

 なお、彼が公然とカンニングしていたにもかかわらず逃した八点は、先生が「答え合わせをしてください」と指示した時点でまだ答えを書き写していなかった分であろう。

 要するに、ハナから覚える気などないのである。この人は僕と同じ日に教育入院を修了して外の世界に戻っていくが、そう遠くない将来、ほぼ間違いなくここに舞い戻って来るだろう。涼しい顔で済ましている、ガリガリに痩せた城所さんを見ながら、僕はそう確信した。後の二人だって似たようなものだ。きっと多くの患者が、二度目・三度目の入院を余儀なくされるのだ。刑務所を出所した人間の再犯率が、一説では四割にも達すると言われるのと同じように。

<前のページ

| | |

次のページ>


トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://trackback.nifty.com/cs/trackback/ebooks_trackback/1-020

コメント



コメントを書く

コメントフォーム
名前
メールアドレス
URL
内容

このページの先頭にもどる