平山瑞穂
シュガーな俺



第16章:第二の宣告(2)

 薬局でそれを提出して、引き換えに新しい注射器二本を受け取るときの気持ちは、前回とまるで違っていた。あくまで緊急措置、上がりすぎた血糖値を確実に下げるため一時的に投下するアイテムとしてのそれと、今後一生、生命を維持するために定期的に受け取りつづけなければならない命綱としてのそれ。これからの人生で、僕はいったいあと何度、いや何百回、こうして薬局で自分の番を待たなければならないのだろうか。

 最寄り駅前まで来ると、「喫茶ナイアガラ」という名の野暮ったい喫茶店をわざわざ選んで、奥の方の席に陣取った。そこだったら、誰に存在を気取(けど)られることもなく、気兼ねなく長居できると思ったのだ。実際、最近になって近くにいくつもできたカフェに押されてか、客は僕以外にほとんどいなかった。ブレンド一杯だけ注文して、ミルクも砂糖も入れずに啜った。泥みたいにまずかった。

 なんだかばかばかしくなって、まずミルクを入れた。それから、砂糖も入れた。スプーンでいくらかきまぜても溶け切らなくなるまで入れてから、気持ちが悪くなるほど甘いだけのその液体を、一気に胃の中に注ぎ込んだ。カップの底に、ドロリとした砂糖の塊が残っていた。

 死ぬほど甘いのに、ちっとも甘くない。

 いったい僕の人生は、どうなってしまったのか。糖分が憎い、と思った。インスリンなんてものの助けを借りなければ害をなすだけの無用の長物と化してしまう、迷惑な糖分。そんなものに翻弄される、いや、今後一生翻弄されつづける、自分の体が憎い。そして僕にこんな体を与えた、この世界が憎い。

 一人で誰とも話さずにいると、気が狂いそうだった。僕は携帯電話を取り出して、奈津に電話をしようかと思った。でも、朝方の取りつく島もない姿を思い出して、やめた。

 まったく最悪だ。1型糖尿病になってしまったばかりか、妻との関係も危機に瀕しているなんて。
 
 僕は携帯のフラップをいったん閉じたが、一瞬考えてからもう一度開き、亜梨沙のアドレス宛てにメールを打ちはじめた。

    今日、午後休だったんだけど、
    空いてたらつきあってくれないかな。
    ブルータス前に6時に来れる?

 メールの最後に、僕はほとんど自虐的な気持ちでこう書き添えた。ちょっと“お祝い”したいことがあるので、と。

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