
「ねえ、受賞まで行くんじゃない? なんかそんな予感がしてきたよ」
奈津が晴れやかな顔でそう言う。
「いや、まあ、それはまだわかんないけどさ……」
「そんな及び腰じゃ運が逃げるよ。私の予感は当たるんだから! ああ、でも、今日早く帰ってきてよかった。おかげでいいお知らせも聞けたし」
それを聞いて僕は、かりそめにも、“ブルータス”から早く引き上げるのを躊躇したことに罪悪感を感じ、奈津に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「奈津……昨日は、ひどいこと言ってごめんね。奈津が一番、僕のことを心配してくれてるってわかってるのに……」
「ううん、私こそ……私だって、あれからずっと悔やんでたの。喬ちゃん、きっと、口に出して言わないでいろいろ、たくさん一人で悩んでたんだろうなって。注射の量を少しずつ増やしていくときだって、きっとすっごく怖い、いやな気持ちだったんだろうなって……」
後半はもう、嗚咽に邪魔されて声が震えていた。僕も泣きながら、その震える小さな肩を抱き寄せた。
「だから私、今日、謝りたくて……仲直りしたくて、仕事むりやり早く切り上げて帰ってきたの。でも帰ってきたら喬ちゃんいなくて、それがなんか腹立たしくて、だからさっき電話したときもうまく話せなかったの……」
「いいよ、もういいよ、僕が悪かったんだから……。もっと早く、奈津に相談すればよかったんだよ。“指図されたくない”なんて、嘘だよ。奈津が指図してくれるから、僕は安心して生きてられるんだよ……」
「夫婦喧嘩は犬も喰わない」と言うが、わが家の場合はさしづめ、「猫も喰わない」だろうか。それでもみけ松は、このただならぬ様子におろおろして、僕たちの足の間を落ち着かなげにうろうろしていた。
「それで……実はもうひとつあってね。こっちは悪い知らせなんだけど……」
少し落ち着いたところでそう切り出すと、奈津は瞬時に顔をこわばらせた。
僕は、昼間、板橋病院で聞いたことを簡潔に伝えた。事実だけ、淡々と。話を聞き終えた奈津は、「そうだったの……」とひとこと言ったきり、しょげかえった顔で押し黙っている。
「でもね、今の僕はたぶん、人が想像するほど落ち込んでるわけでもないんだよ」
僕はそう言って、電車の中で考えていたことも話した。これ以上よくもならないが、悪くもなりようがないのだということ。そう考えれば、これまでよりも気が楽になったのだということ。
「それに、理由がわかってすっきりしたっていう面もある。普段ちゃんとやっていても、ときどきお酒を飲んだりするのがやっぱりいけなかったのかなって気にしてたんだけど、それが原因だったんじゃないってことがわかった」
「それはそうでしょ。だって、喬ちゃん、あんなに頑張ってたじゃない……」
「うん、だから、それも含めて、僕自身は意外とサバサバしてるんだよ。もしかしたら、それも今だけの錯覚かもしれないけどね。狙いすましたみたいにものすごく嬉しい知らせを同時に受けたから、なんとなくごまかされちゃってるだけで。明日になったら、またどん底に突き落とされてるかも」
「いや……錯覚じゃないと思う」
沈んだ顔のまま、奈津が言った。
「喬ちゃんは本人だし、自分のことはやっぱり一番わかってるだろうし。聞いてからもう何時間も経ってるから、その間さんざん考えて、もう気持ちの整理が本当についてるんだと思う。でも私は……まだだめだな。事実を受け入れるのにもう少し時間がかかりそう……」
「まあ、この先長いんだから、そう焦ることはないよ」
奈津は力なく笑顔を浮かべて、うなずいた。
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