平山瑞穂
シュガーな俺



シュガー通信:第8号

 糖尿病だったばかりに、おおごとになってしまった、という話。去年の夏のことです。実は当時、ブログにもちょっと書いた話なのですが、僕はある外科手術を受けました。左手首に、ガングリオンという腫瘤、つまりコブができていたので、それを除去しなければならなかったのです。

 ガングリオンというのは、関節などの骨からゲル状の物質が出てきて表皮付近にコロニーを形成するもので、本体はゲル状の中身ではなく、それを覆っている皮膜状のものです。皮膜があるかぎり、中身を外から太い注射針などで何度抜いても、すぐにまた溜まってしまいます。それ自体は悪性ではないのですが、大きくなるとかなり目立ちます。僕の左手首にできたそれも、ウズラの卵大にまでなっていました。

 初めて発症したのは高校2年のときで、十数年前に1度、除去手術も受けています。しかしそのときは、局所麻酔だけで済む比較的簡単な手術でしたし、「再発の恐れがある」と言われてもいました。案の定、約7年後に再発し、それからはときどき整形外科に行って、中身だけ抜いてもらう処置を繰り返すことでお茶を濁していたのですが、いいかげんうっとうしくなってきて、もっと根本的になんとかしようと思い立ったわけです。

 近所の総合病院の整形外科医が言うには、「1度手術して再発したということは、ここで中途半端な手術をしてもまた再発する可能性が高いので、いっそ、骨の付近まで深追いして、皮膜に栄養を送っている部分をレーザーメスで焼き切る処置をした方がいい」とのこと。ただし、そのためには、全身麻酔をかけなければならなくなります。手術が比較的長時間に及ぶ上、細かい神経がたくさん通っている部位だけに、へたに患者の意識があるとかえって危険(麻酔が効いていない神経にうっかり触れてしまうなど)だから、との理由でです。

 こうして僕は、手首のコブを取るために、生まれて初めて、全身麻酔をかけることになりました(そのあたりの細かい顛末について、ご興味のある方は、休止中の僕の旧ブログ「平山瑞穂の黒いシミ通信」をご覧ください→http://d.hatena.ne.jp/hirayama_mizuho/20060703)。

 さて、全身麻酔をかけて手術をするという点は納得し、話は終わりかけていたのですが、最後にポロリと先生が言いました。そのためには、最低5日間は入院しなければならないと。1泊程度で済むものと気楽に考えていた僕は少々慌てて、「あの、実は僕、1型糖尿病患者なんですが、その間の食事などは……」とそこで初めて口にしたのです。すると先生はにわかに顔色を変えて、「えっ、そうなんですか? だとするとちょっと厄介ですねぇ」

 何が厄介なのかと言うと、全身麻酔というのは要するに、人為的に患者の意識をなくす処置です。麻酔薬の投与を終えれば、普通はやがて意識が戻るわけですが、たまに、体質の問題で、あるいはなんらかの事故で、すぐには麻酔から醒めない人がいます。そのとき、もしもその患者が、インスリンを打っている1型糖尿病患者であった場合、麻酔が切れないために意識が戻らないのか、低血糖状態にあるためにそうなのか、見分けがつかないというのです。へたをすれば、そのまま天国行きです。

 考えてみもしませんでした。そして僕はそのとき、医者というものが、最終的には内科医、外科医、産婦人科医、整形外科医……というように専門化していくのだとしても、医学生時代には全部の科の勉強をしなければならないというその理由が、初めてわかったような気になりました。僕自身、最初から自分が糖尿病患者であることを言わなかったのは、あまりにうかつだったと反省しました。整形外科の手術なら、内分泌には関係がないだろうと決めつけていたのです。

 結局、入院および手術は、「内科との連携プレー」で行われることになりました。事前に内科での綿密な検査も受けた上で、術中は内科医立ち会いのもとで、定期的に血糖値を測ってモニターし、万が一の場合に備える、という形でです。その点は非常に安心で、ああ、言ってよかった、とつくづく思いました。

 ただ、僕が糖尿病であることはその時点で「バレて」しまいましたので、入院中は「糖尿病患者」として扱われます。食事はもちろん、厳密に指示カロリーを守った糖尿病食。間食などもってのほかです。普段は正直、もう少し(いや、けっこう?)ユルい食生活をしているので、ときどき「もっと食べたい」と思うことがあり、そのときばかりは、「やっぱり糖尿病だなんて言うんじゃなかった」という思いが頭をよぎりました。

 そんな質素な食生活を強いられていたにもかかわらず、入院中の血糖値は概して高かったようです。一度など、300を超えていてギョッとしたことがありました。もちろん、ナースさん立ち会いのもとでの測定なので、思わず「いえ、食事以外にこっそりおやつなんて食べてませんよ!」と弁解したくなったものです。猫的性格の僕には、不自由な入院生活そのものが大きなストレス源になっていたようです。

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