第十六のアルカナ『悪魔』

身近に出回っているデッキの中の「悪魔」には、両性具有の半人半獣が描かれていることが多いですね。頭、もしくは上半身が人間の姿で、胴体、もしくは下半身が馬や牛などの家畜の姿で描かれている架空の生き物を、神話や物語の挿し絵で目にすることがよくあります。理性でいかに獣性をコントロールすべきかというテーマがここに見られますが、冷めた表現をすれば「理性ある人間と言えども、所詮は生き物」。

ウェイト版の「悪魔」は、頭部と四肢は明らかに毛むくじゃら、ケダモノのそれで、コウモリに似た翼、山羊を思わせる角、ロバのような耳からは「有角神バフォメット」「魔王レオナルド」を彷彿とする人もいるのでは。

ウェイト版「悪魔」
ウェイト版「悪魔」

このような角を生やした両性具有の半人半獣崇拝は、ギリシア神話の酒神・ディオニュソス崇拝、山羊の生殖能力を奉るという自然宗教に端を発するものと考えられます。これが当時は、ローマ・カソリック教会から悪魔崇拝であるという非難を受けるようになり、バフォメットをはじめとする偶像崇拝を実践していたテンプル騎士団などは、「団員の中に黒ミサを行うものがいる」と告発され異端としての弾圧を受けるようになり、1312年は、教皇勅令により解散に追い込まれています。

山羊は、古今東西の物語に好んで取り上げられ、子ヤギ、白ヤギが善、黒ヤギが悪玉として扱われることが多々ある模様。ギリシア発の西洋占星術の世界においては、黄道12宮の第10室、宮に相当し、この宮生まれの人物は、生粋の「生本能」を有すると解釈されます。本能に忠実、野性的にして野心家、無骨で実直であることに加え、絶倫なる精力、好色さへと転じてゆくこともあります。

古来より、山羊は重要な家畜であり、乳、そこからできるチーズやバター、毛皮は日常生活における必需品であることに加え、ぶどう酒を入れる皮袋としての使用、さらにその食肉のうま味故、神への奉納物、特に罪祭の生け贄にも選ばれるように、イスラエルにおいては、「山羊崇拝」が発祥します。ギリシアにおいては、雄山羊は、権力者の表象でありました。この神的存在と相対する悪の化身として、葡萄酒と享楽の神デュオニソス(バッカス)の従者、森の精サテュロスが登場し、半身半獣の姿でニンフたちと享楽的にたわむれる様などが描かれるようになります。

古典的なタロットとして知られるヴィスコンティ・タロットの「悪魔」は、一連のデッキから既に消失されていたとされる4枚のカードのうちの1枚。1975年にグラフィックス・グーテンベルグ(Grafics Gutenberg)社と米国ゲームズ・システム社によって複製された最初の500のヴィスコンティ・スフォルツァ・デッキに、その他の人気のあるタロット・デッキの構図を取り入れ、「悪魔」を描いています。
ヴィスコンティ・タロット「悪魔」
ヴィスコンティ・タロット「悪魔」

同年、複製版第二版が出版される際にも、同じようにリクリエイトされた「悪魔」を使用しています。
ヴィスコンティ・タロット「悪魔」
ヴィスコンティ・タロット「悪魔」(複製版第二版)

描かれている悪魔は、左手に「五本の指を広げた手」を象った指示棒を持ち、右手を上げて何やら合図をしている様子。悪魔が立ちはだかっている台座には、悪魔より小さく描かれ小人のようにも見える男女2人が首根っこからロープで結びつけられています。それぞれの頭には角が生え、向かって左側の男性の足は獣化し、尻尾までもが生えているようです。どちらの人物も、悪魔の指揮下にあるかのように虚ろな目元で、悪魔を見上げている様が印象的です。

霊長目ヒト科と定義される、動物界で最も進化した生き物とされる人間。チンパンジー等他の高等動物との違いとして、発達した口喉と言語中枢を持つことで言語使用が可能であるということが上げられますが、人間だけが服を着る、道具を使う、服や道具その他何らかの目的を達するために必要なモノを創ることができる・・・等々様々に定義される私たち人間ですが、一方で、人間だけが装うのです。着飾り、化粧をし、虚勢を張る生き物なのです。無用な殺傷をするのも特徴でしょう。「化けの皮をはぐ」という表現がありますが、身ぐるみ剥がされたヒトの姿がこの15番のアルカナ「悪魔」に描かれていると言えるのではないでしょうか。人間というケダモノの姿が・・・。

「悪魔」は、人の本能、生きるための欲求や我欲のカード。私たちの中にある、所有欲、人や物に対する執着心などを表し、情動や本能の方が理性を上回っている時に出るのが特徴。楽して得をえようとする邪心や狡猾さ、ルーズな生活などをも表します。ぬるま湯に浸かり現状にあぐらをかくといった状態で、苦しみや悲しみを伴うわけではありません。恋愛などでは、相手に対するセクシャルな欲求として出る場合もありますから、必ずしも忌み嫌うべきカードではないのです。金銭面では、儲かってホクホク、という解釈にもなってきます。ただし、そこには高い精神性が欠けていることの暗示ですから、甘え心や快楽志向に溺れている心当たりがあるなら、改めるのが吉となります。過剰に人に依存すること、アディクションをも表し、時に薬物中毒、反社会的でモラルから逸脱した状態にも出るので注意が必要。

逆位置になると、人の本能が好ましい形に昇華されます。ルーズな生活から抜け出せること、執着心が解き放たれて精神状態がスッキリしてきますが、この札が出る以上、倫理や道徳にはうとくなっている状態。いやむしろ、反社会的である自覚を十分、持ち合わせた上で、トコトン自我を貫くような一種のあくどさが出る場合もあるのです。何が正しくて、何がモラルなのか? 人が人を裁けるのか?と言わんばかりに、正々堂々と己の手を汚す場合などにも出るでしょう。強く解釈すれば、「邪念からの解放」を読み取ることもできますが、青空の下で清々しい気持ちに浸るようなことには、なりませんネ。


アルカナ第16枚目のアルカナ
タイトル「悪魔」
英語The Devil
フランス語Le Diable
イタリア語Il Diavolo
カードの象意 物質・快楽主義傾向、欲望に捕らわれる
惰性・反社会的行為
キーワード 惰性、快楽・享楽主義
甘い考え、期待
理性を失った遊び・いたずら
乱れた状態・荒廃
反社会性・悪意
ごう慢な力
執着心
長引く病気、依存症

野性的な振る舞い
残酷なまでに本能に正直
冷酷非道
踏ん切りがつく
解放、立ち直り、更正のきざし