シンボル=象徴を通じて、私達の意識に何らかの暗示を与えるものがタロットカードです。 従って、「カードの意味」というよりも「カードが象徴する事柄」と表現するほうが正確ですし、 まず私たちがやるべきことは、一枚一枚が何を象徴しているカードなのかを把握することになります。 象徴とは、「ことばでは説明しにくい概念などを具体的なものによって表わす・代表させること」 (新明解国語辞典/三省堂)。 一枚のカード・その絵柄でもって、表わされている概念をガッチリとつかむことが何よりも大切なのです。

概念とは、ある物事に対して人々が「共通して」持っている考えですから、 一枚のカードがそうそう多くの事柄を表わしてはいないはず。 ただ言葉にすると、いろいろな表現、無数のバリエーションができることでしょう。

「自由」と書き表すことと、「愚者」の絵を描くことの違いは何でしょうか? まず、それぞれ違った含みがある、さまざまな種類の自由があります。 「愚者」からは何の制約もない人生をのびのびと謳歌しているような自由は伝わってこないでしょう。 愚者自身がどのような風貌か、彼の振る舞いや背景がここに描かれている「自由」の性質を詳細に述べ、 既にこのカードは「自由」のみならず、それに伴う否定的・肯定的側面などを私たちに伝えるメッセージカードになっています。

「破壊」と言っても、落雷が石の塔を打ち砕く絵柄と、ダイナマイトでビルを爆破するシーンでは、 感じるもの・伝わってくるものには大きな差があります。 一枚のカードの端々にまで、描かれているものひとつひとつの形や色の作用が重要なのです。

お気づきの方がいるかも知れませんが、よって既存のタイトルに拘束される必要はないのです。 あなたがあなた独自の名前をつけて、カードとのラポールを形成するほうが有意義かもしれません。 伝わってくるもの=私たちの中から沸き上がるものがあることが、活字を越える象徴画の最大の効果なのです。


出たカードが同じでも、それをどう表現するかは当然その都度変わりますが、 その時に「カードの意味」なるものを当てはめるのが、タロット占いではありません。 その時、そのカードにふさわしい事柄を占師が判断するのが、正当な占断というものです。 一枚のタロットカードがどう表現されうるものなのか、ここが論点になります。

そして、カードは他のカードと並んでスプレッドされた時に動画となります。 子供の頃、本のページの片隅に、少しずつ動きに変化をつけた絵を何ページにもわたって描き、 パラパラとめくっては自作のアニメーションを楽しんだ経験をお持ちではないでしょうか。 まさにスプレッドされたカードを解釈するには、アニメーションの原理を応用するのが効果的です。 「現状」という一枚のカードが「未来」という隣のカードに至るには、 一体そのカードの絵柄がどう動いて「未来」のカードの状況になるのかを、あなたの中でカードを動画にした時、 そのカードがあなたに伝えんとする適切なメッセージがわき上がってくるはずです。

現状の「愚者」が未来の「塔」になるなら、動画としての「愚者」は崖から転落することになるでしょう。 古くなり役に立たなくなったものを打ち壊し、優れた高度なものを再建するという「塔」の前にあって、 「愚者」はこれまでの無鉄砲、向こう見ずなやり方が通用しないことを物語ります。 そして、今この瞬間から愚行を改めるなら、「塔」という未来は理論上、実現されないことになるのです。

現状の「愚者」が未来の「太陽」になるなら、「愚者」は冒険の末、 背後にあって気づかなかったような幸せに行きつくことになります。 未だ、彼はその幸福がどこにあるかはおろか、一体何であるかさえも知りはしないが・・・ 彼がわずかながらに手にしているものを活かせること、 白いバラや白い小犬の活躍に思いをめぐらせることができるでしょう。

インターネット上でのプログラムを使って最大限にこのタロット占術を展開するというのが、 本サイトにおける私たちの挑戦であり、またそれは皆様のお役に立てていただきたい、 現時点での占師 星浦のタロット研究成果の一側面でもあります。