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現代によみがえる「大伴昌司の世界」

ビジュアル・コミュニケーションの先駆者

昭和の高度成長期に少年誌の巻頭グラビアの企画構成や怪獣図鑑、放送脚本など、ポップカルチャーの分野において先駆的な仕事を残した天才プランナー・故 大伴昌司。

今回、その膨大な原稿・現画や貴重な資料が京都大学に寄託されることになりました。
特に有名な怪獣図鑑の解剖図をはじめ、大伴の知の領域は、文学・歴史・科学・音楽・美術・産業…と正に博覧強記。独自の「図解」の方法論を、ありとあらゆる分野に当てはめ、少年誌の枠を飛び抜けて、その範囲は未来工学、DNA、国際問題などのシリアスなトピックにまでおよびました。

当時、その内容の先進性に驚いた立花隆が論文で「少年マガジンは現代最高の総合雑誌か」と評しました。
とりわけ、横尾忠則とのコラボレーション企画は今でも語り草になっています。
少年誌を舞台に彼が確立したビジュアル・コミュニケーションの方法論は、その後の日本の雑誌文化のベースとなったのです。

少年サンデー66年7/31号・びっくり図解「スパイ野郎」
★少年サンデー66年7/31号・びっくり図解「スパイ野郎」
センス・オブ・ワンダー溢れる大伴ワールドの真骨頂。
少年マガジン68年2/18号・世界一周30万キロ「アイデア万能バス」
★少年マガジン68年2/18号・世界一周30万キロ「アイデア万能バス」
ノアの方舟の生原稿
★ノアの方舟の内部図解生原稿
ウルトラマンの解剖図の生原稿
★ウルトラマンの解剖図の生原稿

没後34年経過後、再び脚光をあびる

1987年のNHKのドキュメンタリー番組『少年誌ブームを作った男−大伴昌司−』をきっかけに、彼の死後14年も経って、初めて大伴昌司を再評価するメディアが出てきました。 次いで、1988年大伴に関する最初の研究書である「証言構成・OHの肖像 大伴昌司とその時代」が飛鳥新社より出版されました。1990年代前半「ポパイ」「スターログ」などで大伴昌司の特集が組まれ、少年マガジンの大伴昌司の仕事を集めた復刻本が出版されました。
しかし、大伴の仕事の全貌がつかみにくいことや、世間からはまだポップカルチャーへの正当な評価が小さく、彼の業績を理解したのは、一部の先進的なマスコミ関係者のみにとどまっていました。

そして今世紀(21世紀)に入り、インターネット時代の到来(一般へのネットの普及)、情報社会、おたくのメジャー化など、ようやく大伴昌司を理解する土壌ができました。時代がやっと大伴昌司に追いついたのです。

2005年4月〜7月に開催された村上隆プロデュースによるNYでの「リトルボーイ展」では、大伴の怪獣解剖図が大好評で、その評価が逆輸入される形になりました。小松左京(日本沈没)、平井和正(8マンの新作を製作中)など大伴の仲間のSF作家の作品が再び注目を浴びています。さらに昭和のテーマパークが各地にできたり、映画「三丁目の夕日」など、昭和レトロブームも追い風になっています。 この機会に是非、懐かしく奇想天外な大伴昌司の世界にタイムスリップしてみてください!

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