TOP > 大伴昌司とは?

編集者・SF作家・ジャーナリスト。本名:四至本 豊治(ししもと とよじ)
国際ジャーナリストの四至本八郎の息子として1936年に生まれる。
慶應義塾大学文学部東洋史学科卒、同 法学部政治学科中退
1960年代〜1970年代、少年まんが雑誌の巻頭グラビアの図解シリーズの企画構成や怪獣図鑑、放送脚本など、ポップカルチャーの分野において先駆的な仕事を残した伝説の天才プランナー。元祖オタクとして再評価の熱が急上昇中。
学生時代から、ミステリーや幻想文学の原稿を多数手がける。日本SF作家クラブの事務局長として、星新一、小松左京、平井和正、光瀬龍、半村良、そして手塚治虫などのツワモノたちの取りまとめを一手に担い、草創期の日本SF界を支える。
円谷英二のブレーンとなり、数々の特撮テレビ番組に関与。昭和40年代の2度にわたる怪獣ブームの仕掛人として大活躍。怪獣や宇宙人、科学兵器のプロフィールを詳細に設定し、怪獣博士の異名をとる。とりわけ、その著『怪獣図鑑』〈1966秋田書店〉は、浩宮さま(現皇太子殿下)が書店で買われた最初の本として名高い。

- ★『怪獣図鑑』1966秋田書店

- ★『ウルトラマン危機一発!』より"四大怪獣かいぼう図"
1966朝日ソノラマ
また「トッポ・ジージョ」など子供番組の脚本や幼児絵本にも携わった。講談社や小学館、朝日ソノラマ、秋田書店など児童ジャーナリズムの分野で、膨大な編・著作を残し、昭和高度成長期のこども達に与えた影響はメガトン級である。
1973年1月27日 日本推理作家協会の新年会で急死。享年36。著名な父や資産家の出生をひた隠し、天涯孤独の身だと偽り、私生活は友人にも死ぬまで一切明かさなかった謎の人である。

- SF作家クラブの面々と
(上段左から)大伴、手塚治虫、小松左京、星新一、斉藤守弘
(下段左から)深町眞理子、平井和正、光瀬龍、石川喬司、矢野徹

- (左から)平井和正、小松左京、大伴昌司
- 関連書籍のご案内 -
「円谷英二 日本映画界に残した遺産」復刻版
小学館 3,990円 1973初版2001.6復刻
大伴昌司が渾身の力を込めて作った写真集であり、大伴の遺作でもある。
クレジットは、円谷家に敬意を払って編者が円谷一(英二の長男)になっているが、
「実際の企画・構成・レイアウトなど、ほぼ100%、大伴さんが一人でやり切ったんですよ。
その仕事ぶりには、鬼気迫るものがありましたよ。」とは、この本に携わった小学館の担当者からの証言である。大伴昌司が渾身の力を込めて作った写真集であり、大伴の遺作でもある。
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