ホ ン の 〈 お さ わ り 〉



矢切隆之    若妻・生贄レイプ

目 次
第一章 毒 牙
第二章 折 檻
第三章 計 略
第四章 痴 戯
第五葦 蜜 愛
第六章 恥 虐
第七章 羞 恥
第八章 聖 水

(C)Takayuki Yagiri

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   第一章 毒 牙

        1

 六本木にあるSホテルの「珊瑚の間」は、披露宴に出席した人々でにぎわっていた。
 入口には「柏木・鶴田御両家 結婚披露宴会場」の看板があった。
 一歩中に足を踏み入れると、そこは真紅の絨毯が敷きつめられ、天井からは豪華なシャンデリアが広間を照らしていた。
 丸いテーブルのいくつかを出席者が囲み、その上には、サーモンのミルフィーユ、鱈のムースなどが置かれていた。そのそばには、アルザスワインの帝王といわれる赤ワインの壜が、氷の壷に入れられ斜めになっていた。
 とっかえひっかえ、ボーイがトレイを手に、テーブルに料理を運んだ。
 舞台がしつらえられ、そこではコーラスや舞踏までが行われた。
 その舞台のそばで、ひときわ明るい照明に照らしだされ、新郎・柏木雅之と新婦・鶴田瑠璃子が並んで腰を下ろしていた。
「いや、照れるな……」
 礼服姿の柏木雅之が瑠璃子に囁いた。
 彼のこめかみには、すでに白いものが混じっていた。新郎と呼ぶより、花嫁の父親という印象がある。
「あら、まんざらじゃないお顔してる」
「いやいや、やっぱりもっと地味にすべきだった」
 若い娘のような新婦に頬を寄せ、雅之がひとり言のように言った。
 たしかに、雅之はすでに四十五歳になり、再婚だった。
 K大学付属病院の外科医長になったばかりだが、二年前に、子宮癌で妻を亡くした。夫婦にはこどもがなかった。
 雅之が照れ臭い顔をするのは、若い嫁をもらった夫への、出席者たちの露骨な羨望と嫉妬の視線を感じたからだった。四十を過ぎて、若く美しい妻を娶った新郎に対して、挨拶で露骨に嫉妬を露わにする者もあった。
「先生、若い嫁はんを貰って、毎晩精力を吸い取られないように」
 なんて挨拶をする者もあった。
 言葉でこそ、一応の礼節をまもっているが、心の中では「今夜からこんな若くて美しい女を毎晩抱くのだ、この野郎」という嫉妬を感じる。
 雅之のおでこには、汗が粒になって浮かんでいた。
 瑠璃子が白いハンカチで、夫の汗をぬぐった。
 白いイヴニングドレスに身をつつんだ瑠璃子は二十八歳。
 むろん初婚だった。
 芸大の舞踊科を出てから、バレリーナを志し、ニューヨークのジュリアード音楽大学の舞踊科に留学した。
 定期公演を前に、ふとしたことから、足首を骨折した。傷心の彼女は、カーネギーホールのコンサートに出掛けた。
 その夜、切符を求めてうろうろしていた雅之と出会わなければ、今回の結婚という晴れ舞台はなかった。足首を骨折したお陰で、瑠璃子は幸運を掴んだ。
 雅之が瑠璃子にプロポーズしたのは、瑠璃子が日本に帰国した翌年だった。相手はなんといっても、外科医長だった。
 はじめはそんな年寄りと結婚しないでも……と反対した瑠璃子の母だったが、何度か雅之が会って説得した末にようやく賛成した。
 外国生活が長い、まだ無名のバレリーナの瑠璃子とは違い、雅之の仕事の関係者は、すでに功成り名を遂げている者が多かった。
 挨拶をした人のなかに、厚生省の政務次官、大臣秘書官、中央薬事審議会の委員までがいたので、瑠璃子はびっくりした。
 さらに、夫の雅之が勤務する大学病院の先輩教授、さらに理事長から院長、また、看護婦などが出席して花をそえていた。
 花のように美しく若いたくさんの看護婦さんのなかには、外科医長の彼と結婚したい人だっていたはずだ。
〈それでも彼は、わたしを選んでくれた――それにしても、やっぱり、雅之さんの力って、すごいんだわ〉
 医師という世界がどのようなものかまったく知らない瑠璃子だったが、不安定な芸術の世界にくらべ、どっしりと安定した力を感じた。
 夫側の関係者にくらべ、ニューヨークでバレエの訓練をしていた瑠璃子の友人は少なかった。二十八歳にもなって、まだバレリーナとしては芽が出ているとは言えない。瑠璃子の欠点は、バレリーナの多くがそうであるように、痩身になれないことだった。
 バレエをしていますと言うと、人がびっくりするほど、瑠璃子はふっくらした女らしい躯つきをしている。
 胸も腰も、バレエをするには豊満だった。いくらダイエットをしても、体質なのか、女らしい部分に肉がつく。
 広間の一角には、瑠璃子の親族の姿もあった。少女の頃に父を失った瑠璃子にとって、母と姉が郷里から駆けつけてくれたのがうれしい。
 照明がつよいので、瑠璃子は手元のジュースに口をつけた。
「どう、疲れたかい」
 その日から晴れて、夫と呼ばれる雅之が、新妻を気づかった。
「いいえ……」
 瑠璃子はそう言って喉を潤した。
 式場で身につけていたヴェールのようなウエディングドレスから、お披露目のための、純白のイヴニングドレスに着替えをしていた。
 大きくえぐれた胸からは、豊満な白い谷間が顔を覗かせた。首には、真珠のネックレスを掛けていた。
 くびれたウエスト、ふんわりとペティコートで広がった腰。見るからに、洗練されたレディを思わせる姿態だ。
 胸に飾った真紅の薔薇が、瑠璃子の歓喜とプライドを示して揺れた。
 だが、瑠璃子が気にしているのは、さっきからこちらを食い入るように見つめる豹のような視線だった。
 会場に遅れてやってきた雅之の弟・義幸の眼。
 その眼は、まるで野性の豹そのものの光りを浮かべて、瑠璃子を狙っている。
〈いやだわ、あの眼――お兄さんとくらべ、なんて下品な眼なの。まるで、女をモノにすることしか考えていない眼だわ〉
 婚約時代から、瑠璃子は将来の夫の弟である義幸には、何度か会っていた。また、婚礼の打ち合わせのときに、ひょっこり彼が顔を出したこともあった。
 そんなとき、義幸はいつもぶしつけな眼で、瑠璃子の姿態を舐めるように眺めた。
 兄弟が似ていないのは、異母弟だからだと、雅之の口から聞いたことがある。
 二人の父親は医師で、代議士でもあった土地の名士だった。雅之を生んでから、彼の母は病気で他界した。
 父親は後妻として、看護婦をしていた女と再婚した。その女を母として生まれたのが、義幸だと聞いたことがある。
 雅之が医師らしく端整な顔立ちなのにくらべ、義幸はどことなく下品な顔つきをしている。
 顔が違うように、性格も違っていた。義幸は、秀才の兄が医学博士になるのを、羨望と嫉妬の眼差しで眺めて育った。
 三十七歳で独身、いままでいくつかの縁談があったが、すべて自分から断っていた。地元の中学校で英語教師をしているが、何かの事情で、いまは担任をはずされている。
 社会からも、学校からも、彼は孤立していた。
 担任を外された事情について、瑠璃子は尋ねたが、雅之は口を濁して話さなかった。弟の恥をかばうそんな態度に、瑠璃子は好感をもった。
 ――いや、腹ちがいの弟だが、あいつにだって、いいところがあるんだ。以前は、もっと仲がよかった。あいつが変わったのは、わたしが医学博士になってからだ。
 雅之はこんなふうに、弟の義幸との不如意な関係を話したことがある。
 どの家族にも、光と闇の部分がある――瑠璃子はそう思って、それ以上は聞かないことにした。
 とつぜん、広間に、拍手が起こった。
 照明がぱっと明るくなった。
 舞台では、イベントを引き受けた会社が呼んだフラメンコダンサーの情熱的な踊りが終わったばかりだった。
 拍手の波が、広間を嵐のようにつつみこんだ。
 だが、一人だけ拍手をしない男がいた。
 義幸だった。その豹みたいな眼は、瑠璃子のどんな仕種も見逃さないという態度で、虎視眈々とこちらを凝視していた。


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