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ホ ン の 〈 お さ わ り 〉




鳳 春紀    黒い下着の家庭教師 
    
目 次
第一章 家庭教師は黒い下着で誘惑する
第二章 家庭教師は黒い下着で犯される
第三章 家庭教師は黒い下着を少年に晒す
第四章 家庭教師は黒い下着で調教される
第五章 家庭教師は黒い下着で堕ちていく……

(C)Haruki Ohtori

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   第一章 家庭教師は黒い下着で誘惑する

     1

 中学三年生の常田公雄には「集中して問題を解くように」と言いながらも落ち着きなく心をざわめかせているのは、家庭教師のつき自身だった。しかし、五歳以上も年下の中学生が彼女にとって格別に魅力的に映っていたからというわけではなかった。
 まだ大人の髭も充分に生えていない柔らかそうな顎にいくつかのニキビをつくっている常田公雄は、えんいろの大きめのポロシャツを着て、やや散漫な雰囲気を発しながら机に向かっている。香月美珂子はその斜め横の位置に椅子を置いて教えていた。時々身をよじるようにしてさっきから脚を組み替えたりしている。
 彼女は半袖の白いブラウスを着て、少しフレアぎみの灰色のスカートで腰から太腿を隠している。大学に行くときはその上にジャケットを着ているのだが、この常田家で家庭教師のアルバイトをするときにわざわざブラウスだけの格好になる。それは、受験をひかえたこの中学三年生をちょっと挑発してみたいという気持ちが、彼女のなかで消えない小さな台風のように渦巻いているからだった。
 とはいえ、決して勉強のできがいいとは言えない常田公雄を、来春には最低でも第二志望の公立高校に合格させてやらなければならない。第二志望校にまで合格させれば、家庭教師センターから振り込まれてくる時給が来年からは二割ほど上がることになる。そんな義務とプレッシャーがあるものの、先日からの心はそれを大きく上まわる好奇心に満ちていた。それは、こういう年頃の少年がどれほど性的知識と興味を持っているのだろうかということだった。
 最近、気がつけばそんなことばかり考えている自分を見つけるようになった。同級生の女の子たちは他大学に在籍している恋人や中年男との関係に心のなかの女を向けているというのに、自分は大人よりも子供に近いあいまいな年齢にある少年に女としての眼を向けているのである。
 自分でも変だと思いながらも、この心をどうしようもできないのが不思議だった。こんな中学生と性交をしたいなどと願っているのではない。そうではなく、こんな中学生がどれほど性的に未熟で悶々としているかということを覗きこんでみたいと思うのだ。それはこっそり盗みを働きたいという心理とほぼ同じだということは自覚していた。
 しかし、どうしてそういうふうに思うようになったのかは自分でもわからない。これまでに短い期間の恋愛経験はあった。性交の体験もあった。ところが、なぜか自分を忘れるほどには恋愛にも性交にも熱中できなかった。性欲はそれなりにあったけれど、陰茎が体から抜かれてしまうと急速に熱情が引いていくのが常だった。だから、性感が翌日までつづくというのは願望から生まれた神話ではないかと疑っていた。
 そんな自分だったのに、最近は妙なふうになってしまっている。女としてのこの柔肉が微熱を帯びて性感を欲しがっているのである。だが、誰かに挿入されたいというのではない。もっと秘密めいた陰気な性感が欲しいのだ。
 たとえば、このくらいの年頃の男子を性的にからかって、彼の困惑やとまどいから性感を汲み取ってみたいという屈折した欲望があるのだ。そのため、家庭教師先でわざとジャケットを着ずにブラウスだけの姿で勉強を教えているのである。
 しかも、ブラウスの下につけているのは黒いブラジャーである。ブラジャーの線が外からもはっきりと見えるように黒を選んで身につけてきたのだけれど、偏差値五十にも満たないこの少年はそれにも気づいていないのかもしれないというじれったさで、少しも集中できないのだった。
「数学は、まあこれでだいたいいいわ。じゃあ、次は国語を出して」
 心のいらつきが声にも出てしまった。
「早くしてちょうだい」
 ぼんような顔つきの公雄はのろのろと国語の教科書と参考書を机の上に乗せた。
 厚い一枚天板を乗せた立派で頑丈な机である。ライトも明度の微調整ができるものだった。親がある程度の金を稼いでいるから、これだけの調度が整った個室が与えられているのだ。うらやましいとは思わないけれど、美珂子が大学一年生の頃から借りて住んでいるマンションの狭い一室のインテリアとは較べものにならなかった。
 美珂子はちらと眼を上げると、壁掛け時計の時間を読んだ。八時半だった。あと一時間ある。さっき家政婦が茶菓を運んできたばかりだから、もう誰もこの部屋に来ることはない。仮の密室空間である。他の部屋から物音が聞こえてくることさえない。それなのに、遠くの車の音がふとした拍子に聞こえてくる。
「前から言ってるわよね。教科書を出したら、そのままにしておかないで、ちゃんとページを開かなければ意味がないでしょう」
「はい」
 いつもの緩慢な動作で国語の教科書を開いて、ページの片端を文鎮で押さえる。その文鎮だって、龍の彫り物がほどこされた高級なものだった。
「新しい単元なんだから、最初に音読ね」
 そう言ってうながすと、公雄は声に出して読みはじめた。遅れた変声期のような奇妙な声を発しながら何度もつっかえる。ふだんから読書をしていないことを充分にうかがわせるつっかえ方である。また、漢字の誤読もおびただしい。そのたびに訂正してやりながら、美珂子は彼の視界のなかでこれみよがしに脚を組み替えた。
 パンティストッキングなどつけていない素足である。生来的に肌が白く、太腿では血管が何本かほんのりと浮いている。短いスカートだからかなりの深さまで腿が露呈されているのだけれど、公雄は彼女の下半身には視線を移さなかった。
「そこのところ、もう一度読んでみて」
 今度はかなり声をやわらげて言った。本当に勉強熱心でないのならば、別のことにだけでも興味を強く持ってほしいと思う。
 香月美珂子は椅子ごと公雄にもう少し近づいた。公雄の体臭がわかるほどの近さになったように、公雄もまた美しい家庭教師である彼女の甘い体臭を感じているはずだった。公雄が急に咳をしたのはそのせいなのか、あるいは緊張を覚えたのか。それにしても、彼はまだ教科書から眼を離さないで、下手な音読をしている。
「だんだん速くなってきてるわよ。もう少しゆっくり読んで」
「はい。それはまるで鳥の濡れ羽色のようで」
「ちょっと待って。トリという字じゃないでしょう、それは。よく見てごらんなさい」
「トリっていう字みたいですけど、やっぱり」
「似てるけど、ちがうのよ。ほら、ここに横棒が一本たらないでしょう」
 そう言いながら、美珂子は上体をせりだすようにして近づいた。そうしながら、こっちを見てごらんなさい、おねえさんのほうを……と彼女は強く思っていた。
 前屈みのような姿勢だから、白いブラウスに二つの乳房の形がはっきりと映っている。そして、見ようとさえすれば、乳房の谷間の陰ものぞけるはずだった。
「ねえ、わかってるのかしら。ここを見て。鳥という字より一画たりないのよ。だから、これはなんと読むのかしら?」
 真顔で頭をかしげている。それに美珂子の胸のたわわさにも気づこうともしない。
「もう習ったはずよ。これはね、カラスと読むの。もう一度、読んでごらんなさい」
「ええと……それはまるで烏の濡れ羽色のようで」
「ちょっとストップ」
 公雄は美珂子のほうをちらっと見やった。
 瞬時のことながらその眼の色に緊張と恥ずかしさが浮いているのを、彼女は見逃してはいなかった。彼女の存在にさっぱり無関心だというわけではないということがようやく確認できた。自分とは異なる性を持った女というものを、まだ未知なるくらい領域としてしかとらえることのできない十五歳の心の揺れを見せないようにこらえているのだ。だとすれば、もっと緊張させてやりたくなる。もっと動揺させてみたくなる。
 いや、そんな理屈の前から美珂子には悪い考えが閃いていたのだった。それは「烏の濡れ羽色」という表現を公雄が発したときからだった。舌なめずりするような気持ちになって、美珂子は粘っこい声でゆっくりと質問をした。
「あのね、この色ってどんな色か知っているかしら」
 教科書のその活字を突つく人差し指の爪には透明のマニキュアが塗られている。まるで唾で濡らしたような輝きである。そんな指先が活字の上を円を描くようにすこっている。少年は誘いの仕草にさえ気づいてはいない。
「この色って?」
「烏の濡れ羽色のことよ」
「く、黒い色かな。烏だから」
 緊張のせいなのか、公雄は少しどもってきた。
「だったら、烏のような色って書いてもいいわよね。わざわざ、烏の濡れ羽色って書く必要はないわ。だから、濡れ羽色って、どんな色かしら」
 微笑を浮かべて、公雄の顔を覗きこむ。
 ルージュを引いた厚ぼったい唇の間から真っ白な歯がこぼれている。完璧に近い歯並びである。そこから洩れてくる息も、薄めた薔薇の香りのようである。整った鼻梁。わくてきに湾曲した眉。常に潤んでいるような眼。長く艶やかな髪。そして、髪から流れてくる女独特の匂い。

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