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エトワール舟黎(えとわーるしゅうれい)
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『自分を読む守護星占術』・・・・・青春出版社 『金運をつかむ極意』・・・・・・・・・主婦と生活社
『前世カルマの神秘』・・・・・・・・・ 頸文社 『星のメッセージ』・・・・・・・・・・・・スコラ
『星からのメッセージ』・・・・・・・・・長崎出版社 『12星座タロット占い』・・・・・・・・・土屋書店
『聖母マリア占術』・・・・・・・・・・・・土屋書店 『タロット占い』・・・・・・・・・・・・・・・・ナツメ社
『タロット占星術』・・・・・・・・・・・・・土屋書店 『ぬり絵 四季の花(花占い篇)』・・グラフィック社

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●雑誌
ViVi・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・約15年以上
BE LOVE・・・・・・・・・・・・・・・・・約15年以上
Wink up・・・・・・・・・・・・・・・・・・約14年以上
朝日アドバンス・・・・・・・・・・・・・約10年間連載
OZmagazine・・・・・・・・・・・・・・・約6年間連載
MINE・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6年以上連載
東京新聞火曜日版の占い・・・・6年以上連載
プレイボーイ・・・・・・・・・・・・・・・・約8年間連載
スコラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・約8年間連載
FYTT E / maria / ライフ・エッセンス / BeneBene / マリ・クレール / mcシスター/
アサヒ芸能 / アクションカメラ / 将棋世界
月刊財界・・・元内閣総理大臣森喜朗氏他、亀井静香氏、加藤紘一氏、 林義郎氏、
佐藤信二氏等に直接お会いして占いを致しました。
●テレビ他
テレビ「あなたにオンタイム」 / インターネット「Hanakoの占いランド」 /
テレビ東京12チャンネルの「レディス4」・・・・・ 単独1時間出演
インターネット「City Wave.com」 / インターネット「Juicy Style」 / インターネット「占いの扉」
2007年1月4日(木) フジテレビ「こたえてちょーだい」に出演

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FRaU・・・・・・・・・・2回特集を監修する
フライデー・・・・・・3回当たる占い師として紹介
Hanako・・・・・・・・・特集を4回以上監修する
ヴァンサンカン・・・・カリスマ占い師として紹介
週刊女性・・・・・・・カリスマ占い師として紹介
ポポロ別冊・・・・・・カリスマ占い師として紹介
アサヒ芸能・・・・・・2回当たる占い師として紹介
女性自身・・・・・・・カリスマ占い師として紹介
●ポパイ
「占いは当たったのか」というフライデーの特集で予言した地震が的中したことを取り上げられる。
●Caz
「後づけ占い大賞」(多くの雑誌の連載の占いの中から、実際にあたったと思われる雑誌の占いを紹介するもの)で、当時連載をしていた「OZmagazine」の占いと現在でも連載を続けている「ViVi」の占いが、この大賞に選ばれる。

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●外資系の航空会社にスチュワーデスとして入社するまで
小学校時代から、コミック誌等に出ている占いを読むのが大好きでした。
その後、上京して青山学院女子短期大学に入学し、そろそろ卒業という頃、たまたまある西洋占星術の先生に出会い、自分の将来を見ていただいたところ「あなたは、女性なのでこんなことをいうのは気が引けるのですが、仕事運はいいけれど、結婚運が悪いので、人生の第一目標を仕事にするほうがいいですよ。」と言われて愕然としました。
それまでは、ステキな人と結婚して幸せな家庭を築くことが夢だったのに・・。
今、思えば全くその通りなので、あの時、あの先生にお会いできたことを感謝しています。
その後の、ある外資系の航空会社の最終試験の結果待ちの時には、偶然現在でも活躍していらっしゃるG先生に出会い、「今回の航空会社はだめですが、次回は大丈夫でしょう。」と言われました。
私にとっては意外な鑑定結果だったのですが、実際は先生がおっしゃった通りになり、1年後の1980年に外資系の航空会社にスチュワーデスとして入社することができました。
●スチュワーデスから占い師になるまで
既に西洋占星術とタロット占いに魅せられていた私は、働きながら、通信教育で西洋占星術を勉強し、某有名なタロット占い師の方に個人的にタロット占いを教えてもらうようになりました。
同僚等の相談に乗るようにもなり、徐々に占いに対する自信を深めていきました。
もともとシャイなので機内でのアナウンスが苦手、恐がりなので一人でホテルに泊まるのが辛い、という状態+勤務していた会社が外資系だったので、自分の将来に不安を感じていた、ということもあり転職を考えるようになりました。
転職をするのならばやはり占い師になりたいと考えたものの、毎月決まった収入が入る仕事から、収入が入るのかどうかわからないような仕事に転職するにはかなりの覚悟がいりました。
当時私が勤めていた航空会社のスチュワーデスの定年は40歳ですが、占いという仕事には定年がないということを考えて、結局転職を決意し、1985年に退職しました。

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